特別扱いなんて、してほしくない。
ただあたしは、あんたと肩を並べて歩いていきたいんだ。

―― Wie geschmiert

いつもフェイト一人に押し付けているから、と。たまたまその日は仕事がなかったか、あったとしてもあまり量がなかったとかで。少なくとも無理をしてではなくて、状況的に可能だったから。
だからアイテムの補給を買って出た。
本当は一人で行くつもりだったのに、女のひとに重い荷物押し付けたくはないですとフェイトがだだをこねたから。だから、延々言い争ったあげく結局しぶしぶ彼女が折れて、二人で一緒に出かけることになった。

◇◆◇◆◇◆

「……やだなあネルさん、まだ怒ってるんですか?」
「違うよ」
子供っぽいと笑わせるような気がして、気にしていないわけではなかったけれど、自分の意見が通らなかった不満は否定した。実際、本当に腹を立てているのはそれに対してではなくて。
ちらりと目をやったなら、苦笑するような、まぶしいものを見るような、あるいはいとおしいものを見るような、――すべてが混ざり合った碧とまともに目があって。
気恥ずかしさから、気が付いたなら顔が勝手にぷいとそっぽを向いていた。

「そんなんじゃない……ないけどさ。
あのねフェイト、あたしは女だから男だからって言われるの好きじゃない」
「……ああ、そっちですか」
なるほどとうなずく声、けれど今だってネルはフェイトに女扱いされている。
こうして歩いている今、時刻的に夕餉の買い出しのためだろう、道には人があふれていて。ネルが知らないだけで、この時刻、ひょっとしたらどこかで安売りでも行われているのかもしれない。
とにかくまるで見動きが取れないほどではないものの周囲はかなり混んでいて、だから互いに一度でも相手を見失ったなら落ち合うのはなかなか難しそうで。……だから多少のむかむかは押さえ込んで、二人で並んで歩いていたけれど。
実際は、並んで――というよりもフェイトの方が少しだけ先を歩いている。さりげなく半歩先を歩いて向こうからやってくる人波をうまく流して、人波からの盾になって。そうすることで彼女の負担を減らしているのが、ネルには分かる。

特に身構えているわけでもなんでもなくて、自然体でそんな気遣いをすることができるフェイトを。――ネルだってそんな彼を、彼の気遣いをありがたくない、なんて思わない。
負担を減らしてくれるのは嬉しいし、だから感謝の気持ちもある。
――けれど、

◇◆◇◆◇◆

「フェイト、あんたの国は知らないけどね。シーハーツは、この国の女はたくましいよ。あんたにわざわざかばってもらわなきゃならないほど、弱くない」
「……知っていますよ?」
きょとんとした顔。いや、見ていないけれどきっとそんな顔をしているに決まっている。会って間もないけれど、ネルだってダテに隠密をやっているわけではない。まだまだ読みきれない部分だってあるにしろ、この青年も――ついでにもう一人の男も、すでに大体の性格は把握できている。
ちらりと目をやって見たならフェイトは予想通りの顔で、あごに手など当てていて、
「ネルさん、クレアさん、タイネーブさんにファリンさん……僕の知るこの国の女性は、まだそんなに多くないですけど。でも、出逢った女性はみんな強くて、やさしくて――きれいです。
――あ、もちろんネルさんが一番美人ですよ」
「そんなこと訊いてないし、世辞はいらないよ」
そうしているうちに向こうからきた、大荷物を抱えた年配の女性に道を譲るようにくっとネルの肩を引いて、
「本心なんですけど――まあ、いいです。
で、だから僕は別にシーハーツの女性がかよわいから守ってやっている、なんてつもりないんですけど」
「……それはこっちだって分かってるんだけどね」
女性が行きすぎて、つまり用がすんだのにどかない手と。いまいち通じてくれない言葉に。――むっとネルの眉が寄る。

「あたしがあんたやクリフより体力や腕力がないのは事実だろうけどさ、それを「女性だから」なんて言葉で片付けてほしくないんだ」
「……?」
「なんて言ったらいいのかな……性別を盾に「だから仕方ない」ってのが嫌いなんだよ、あたしは。
確かに男と女じゃできること得意なことの系統にばらつきあると思うけど、それは事実なんだけど。それを否定したいんじゃないけど、ただ、……なんて言ったらいいのかな」
言っているうちにもやはりどかない手の甲をぎゅうっとつねり上げて、きっと痛みで跳ね上がった手から脱出する。情けない顔で早くも赤みを帯びたそれを見下ろすフェイトに、ネルはひとつふんと鼻を鳴らして、
「女だからってかばってくれても嬉しくないし、だから、今日の買い出しだってわざわざあんたが付いてきてくれなくてもさ、」

◇◆◇◆◇◆

話していれば何かが分かるかもしれない、と思ってみたけれど、やはりどうにもならなかった。何が言いたいのか分からなくなって、言いたいことをうまく言葉にできなくて、もごもごとあとはまともな言葉にならない。
自分でも何を言いたいのか分かっていないなら、相手に心を伝えようなんて無茶な話だと思う。
それでも、

……性別を――自分ではどうにもならないことを盾に取られると、腹が立つんだ。
自分が女だということに誇りがあるないではなくて、どんな努力をしても埋められない事実を盾に取られたくない。
自分が努力しなくて、だから馬鹿にされるのは分かるけど。
自分の能力が足りなくて、だからあたしが馬鹿にされるのはしかたがないと思うけど。
努力とかそういうものとは関係ないところで、馬鹿にされたくない。
努力も能力も関係ないところで、敬われても嬉しくなんてない。
――あんたに、いったいどう言ったなら分かってもらえるんだろうね?
ねえ、フェイト??

◇◆◇◆◇◆

言葉に悩んでいたなら、いきなりぐっと手を取られた。握手とは違う、手を貸して立ち上がらせるときのとも違う、まるで子供のころを思い出すような、そんな握られ方。
わけが分からなくてぽかんとフェイトを見れば、にっこりと彼は微笑んで、
「ネルさん、さっきから思っていたんですけど!
これってデートですよね!?」
「……はっ?」
わけが分からない、まるでわけが分からない。今までの悩みながらの彼女の言葉を、果たしてこいつは本当に聞いていたのかと疑いたくなってくる。
ぎゅっと顔をしかめたネルに、にこにこと青年の笑顔は揺るがない。

「……無理ですよ」
その笑顔が、ささやいた。
「僕には、無理です。女性を、ネルさんを女性扱いしないなんて、できません」
「っ、あんたね、」
「よく分からないけど、何となくネルさんの言いたいことは分かるような気もするんです。でも、分かるけどたぶん僕にはネルさんの望む態度は取れない」
気が付けば周囲の人が先ほどよりも増えていて、それこそ手を握っていないとすぐにもはぐれてしまいそうで。こうしている今もぐいぐいと流れに流されて、手の先のフェイトの顔がいつの間にか人の山の向こうにだいぶ隠れていて、
「僕には、どうしたってネルさんが特別なんです」
――それなのに、人が多ければざわめきも大きいはずなのに、まるでつぶやくような彼の声だけは耳が拾う。
「人ごみからネルさんを守るのも、モンスターの攻撃からネルさんを守るのも。買出しは僕一人でやって、ネルさんに重い荷物持たせないようにするのも、こうして手を握っているのも。
ネルさん、聞こえますか? 全部僕が勝手にやっていることなんですよ。ネルさんにそれが当然だって顔してほしいのも、全部僕のエゴなんです」

◇◆◇◆◇◆

握りしめられた手の先、見えないフェイトの顔。かすかに汗ばんでいるような熱いてのひら、触れてみたなら今まで思っていたよりもごつかった手、予想よりも大きかった手。
――弟のように思っていたフェイトが、ネルの中でふっと姿を変える。

「ごめんなさい、ネルさん。僕はネルさんの望むような態度なんて取れない。
……「仲間」よりも先に、僕の中のネルさんは「女性」だから」
――姿を変えて、ああ、分かっていたのに分かっていなかったんだ。
――フェイト、あんたは……あんたは「男」なんだよね。

――特別扱いなんて、してほしくない。
――ただあたしは、あんたと肩を並べて歩いていきたいんだ。

――些細なはずの願いは、きっといつまでも叶ってはくれない。
この手の先の人並みの向こうの、見えないフェイトにネルは思った。なめらかにネルのお願いを蹴ったフェイトに、ネルは思った。
――悔しいのに淋しいのに、切ないのに、……それなのに、
――それでも、たとえあたしがいやがっていると知っていてもあんたは、

――あたしを「女」扱いしたくて、あたしにとって「男」でいたいんだね。

―― End ――
2006/04/15UP
フェイト×ネル
OFP
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Wie geschmiert
[最終修正 - 2024/06/25-10:08]