――この時間帯が、いちばんモノが見えにくいね。
そう言って苦笑したあなたに、僕は、

―― Bei einbrechender Dunkelheit

「いやあ、助かりました、ネルさん」
「あたしは何もしてないよ。……あんたに礼を言われるようなことは何もしていない」
「でもネルさんがついて来てくれたおかげで、ほら、いろいろオマケしてもらえましたよ。品物によっては半額にしてもらえたし。
――だからありがとうございます」
今回の買い出し当番はフェイトで、何を思ったのかネルがくっついてきた。ペターニ――シーハーツ領内で超有名人のネルがいれば、というか店主が個人的にネルのファンなのかもしれないけれど、ともかくは彼女がいたためにずいぶんいろいろなモノがくっついてきた。もしくは安くしてもらえた。

それにほくほくして、というよりも。
「……これって、まるでデートみたいですよね」
「……え? 何か言ったかい、フェイト??」
「いえ! な、なんでもないですネルさん!!」
店を出る間際、つぶやいたフェイトにネルが振り返る。不思議そうな、あるいは不審そうな顔で、けれどやけに可愛らしく首をかしげて、
「……にやにやして変なやつだね?
ああ、そういえばやっぱり半分持つよ。重いだろう??」
「平気ですよ! ……うん、大丈夫です。重さは大したことないし、かさばるから確かに大変ですけど……あ、それよりもドア開けてもらえると嬉しいんですけど」
話をそらしたいのが半分、実際両手に予定外にいろいろ下げているため、ドアノブに触ることができないのが半分。曖昧に笑って頼めば、彼女は話をそらせたことをきっと敏感に感じ取って少し顔をしかめて、けれど黙ってフェイトの頼みを叶えてくれた。

ドアの向こうには、昼と夜とが入り混じった世界。
――なんだかこれ、本当に現実だよな?
憧れの女性と並んで歩くことが、冒険中などのようなどうしてもそうしなければではなくて、しかも彼女から自発的に並んで歩くことを許してくれて。それはまるで彼にとっての奇跡のような感じで、どきどき半分でフェイトは現実を少しだけ疑ってみる。

◇◆◇◆◇◆

「――この時間帯が、いちばんモノが見えにくいね」
「……は?」
宵闇の入口の青に、普段とはネルが違って見えて。それに見とれていて、彼女のつぶやきを聞きのがした。間抜けな声を上げれば気にしないでくれと彼女が首を振って、早くしなよと見上げられてあわてて彼女がおさえるドアをくぐる。
ぽつりぽつり、街灯がともりはじめて。けれど灯りがあってもなくてもあまり変わらない、一秒ごとに昏くなっていく時間。
まるで魔法のように現実味がなくて、フェイトの胸が先ほどから勝手に疼いて、

◇◆◇◆◇◆

――この時間帯が、いちばんモノが見えにくいね。
聞き逃したはずのネルの台詞が、耳の奥に甦る。女性にしては少し低めの、けれど耳ざわりのいい、心地のいい声がざらりとフェイトの胸の奥を撫で上げる。ぞくりと今ごろになって鳥肌が立って、二人ゆっくり歩きながら、ほんのすぐ先を歩く女性の甘い色香をまるでたどるようでフェイトの胸はネルのいろいろを勝手に拾っては騒ぎっぱなしで、

……この時間帯が、いちばんモノが見えにくいね。
――そう言って苦笑したあなたに、僕は、
――僕の心はあなた以外が見えません。

もしも口に出したなら、自分でさえ寒さに凍り付きそうなことが頭の中を巡る。

――この黄昏に見えなくなっているのは、
――それは、一体何ですか。
――見えなくなれば良いとあなたが願うのは、
――一体、何ですか。

荷物を抱えていなければ、そうすれば手をのばしただけで触れることができる。この荷物さえ放り出したなら、引き寄せて掻き抱くことができる。そんな距離の、至近距離の背中にフェイトの心が話しかける。

――見えない、それは。
――たとえばあなたの立場ですか、たとえば僕の立場ですか。
――僕の、僕たちの持つ技術だけが目当てで僕たちに近付いて来た、その思惑ですか。
――利用するあなたと、利用される僕と。
――見えなくなれば良いと願うのは、それですか。

◇◆◇◆◇◆

ネルが今日、買いものについて来た理由をフェイトはまだ聞いていない。気分が乗ったとか何となくとか、気まぐれに思っただけなのかも。何か別の思惑があるのかも。言われないからフェイトは知らなくて、訊ねるだけの勇気がないから彼は知らなくて、
知らないから、好き勝手に期待してどきどきして、

◇◆◇◆◇◆

アーリグリフの地下牢から助け出してくれた女性。墜落したイーグルの、その科学力が目当てで彼らに近付いて来たひと。
一緒に旅をしてようやくここまでたどり着いて、利害以外の何か、ひょっとしたら愛着とかそういったモノを、お互い持つようになった。フェイトからネルへは、恋愛にも発展しそうな淡い憧れを抱くようになった。
それ以上に踏み込むことは、フェイトには、今のフェイトにはできないけれど。
怖くて、決定的ななにかが怖くてフェイトは身動きとることができないけれど。

――見えない、それは。
――たとえばあなたの心ですか、たとえば僕の心ですか。
――心惹かれて、うっとうしいほどに勝手に想いをつのらせる僕ですか。
――きっとあなたにはだだ漏れの、そんな僕の心ですか。
――ひょっとして、僕の期待だけではなくて。
――あなたも僕に対して、何かの感情を抱いてくれているのでしょうか。

◇◆◇◆◇◆

――宿までのこの距離が、永遠に続いたなら良いのに。
――この旅が、王都までというこの旅が終らなければ良いのに。
――いつまでも一緒にいられたなら、いや、
――……僕と同じように、ネルさんもそう思ってくれたなら、

きっと宵闇に、明るいのに昏いこの時間に酔って。フェイトの頭がぐるぐる回る。愚にもつかないことばかり次々思い付く。
抱えるほどの荷物がそろそろ重たくて、先導するように歩くネルとの距離が縮まらないことに勝手に焦って、――それは今の彼と彼女の立場を暗に示しているようで、もどかしくて苦しくて。
自分でも寒いことばかり思い付く彼の頭は、

この黄昏に、

――ねえ、ネルさん。
――いちばんモノが見えにくいとあなたがいう、この時間帯に。
――その言葉に甘えて。

……理性を、もしも見失っても許してくれますか。

◇◆◇◆◇◆

ほんの少し先を歩くネルが、まるでフェイトのそんな思考を読んだようにぴたりと脚を止めた。脚を止めて、ふと振り返って、

何を言われるのだろうと、
フェイトの心臓が、今まで以上に高く高く跳ね上がる。

―― End ――
2006/05/19UP
フェイト×ネル
OFP
中国語・無断転載禁止 ハングル・無断転載禁止
Bei einbrechender Dunkelheit
[最終修正 - 2024/06/25-10:08]