本当に誤魔化しきれると思っているのか。
――この、あたしに。
――あんたが。
思ったならむっと腹が立って、でも本当の本当は彼の気持ちだって分からなくもなくて。
「……フェイト」
「何ですか、ネルさん? あ、煮炊き用の木の枝ならさっき集めてきてここに……」
今日の野営地を決めて、いい加減慣れたことだと特に誰が何を言うこともなく役割分担は決まっていた。金髪大男は周囲の見回りに出かけていて、フェイトは力仕事が主な雑用、ネルの分担は三人分の料理作り。いつもだったならネルがこういう時に彼に声をかけるのは、確かに彼の言葉どおりの用件だけれど。
でも、今日は違う。違うことに、フェイトは気付いていないのか気付いてはぐらかしているのか。
「――脱ぎな」
「は!?」
びしっと指さして、その指を彼の脇に移動する。何があるわけでもないそちらにたぶんつられて目を移して、彼はわけが分からないと目を白黒させている。ラチが明かないと悟って口の中で舌打ちをひとつ、ネルはずかずかと彼との距離を詰める。
「あ、あのネルさん!? そんな……ほら外ですしまだ明るいし。きゃー」
「何が「きゃあ」だい男の悲鳴なんて聞いていて嬉しくないよ、つか、なに考えてるのさ? 分かってて話そらす気なら、あたしも容赦しないよ?」
それだけの余裕があるならと、半眼のネルは遠慮なく彼の服に手をかけた。……構造が分からないものの、適当に見当をつけて彼の喉元に手をかける。暴れるので体重をかけて押し倒す。
「……あの、冗談抜きで悲鳴上げたいんですけど」
上ずった声にふと視線を向けたなら、脂汗を浮かべたぎりぎりいっぱいの顔があって。
「上げたければ上げればいいさ。あんたが認めないってんなら、あたしはあたしの思うようにするだけだよ」
彼女の言葉にうっとひとつ息を詰めて、そして深々吐き出した。
「……まさかネルさんに襲われるとは思いませんでしたよ」
「変な言いかたしないどくれ。全部あんたのせいなんだから」
冷静に思い返したなら、まあ――ハタから見ていて別のことを思っただろうな、くらいはネルにも分かった。分かったというか思い当たって、そうなってしまえば頬に上った血はなかなか下がってくれない。そんな赤い顔のネルは、適当な倒木に腰を下ろしたフェイトの前に立膝をついていて。彼女の前のネルは、上半身裸になっている。
その――左肩の付け根あたりに、気分の悪くなるような青黒い色が浮かび上がっている。
「……けっこう重度の打ち身だね。馬鹿じゃないか、あんた。これだけひどけりゃ、息するたびに響いただろう?」
「さっきの戦闘でこうなっただけですし、今日はもう寝るだけだったから。落ち着いてからどうにかするつもりだったんですよ」
「フェイト。――怪我の処置は早ければ早いほどいい、それにこんな手でさっき荷物やら木の枝やらさんざん抱えてただろう。痛みってのは、身体が――」
「分かっていますよ。……ああ、誤魔化しきれると思ったのになあ」
本当に誤魔化しきれると思っているのか。
――この、あたしに。
――あんたが。
思ったならむっと腹が立って、でも本当の本当は彼の気持ちだって分からなくもなくて。口元をへの字にゆがめて、ネルはぎろりとフェイトを見上げた。居心地悪そうに彼の目が泳ぐ。
「選びな、術と薬とどっちがいい?」
「……薬。ネルさんの精神力削りたくありません」
「よく言うね、あんたが下手に隠そうとしなけりゃあたしは気分害さなくてもすんだってのにさ」
「う……っ」
言葉に詰まってぱくぱくと口が動いて、しかしまともな声になる前に彼はあきらめたように息を吐き出した。そうこうしている間にネルが用意した治療道具に、なぜか手を差し出してくる。
「……? なんだい」
「これくらい一人でできますよ。だからネルさんは、ネルさんの、」
瞬間。ネルの手がひらめいて、自覚が追いつく間もなくこぶしに衝撃。はっと瞬いたときには脳天に喰らった容赦のないげんこに声もなくうずくまるフェイトがいて、左肩の大痣に今の衝撃は響かなかっただろうか。
――というか彼女には、なぜ自分がこうまで感情的に怒っているのかよく分からない。
分からないものの、まあ聞き分けのないフェイトに腹が立つのもまた事実で。
「あんたがちゃんとした手当てをするのか、できるのか、あたしにずっと気にしてろとでも言う気かい? 冗談じゃないね。ほら、無駄に無理する前にとっととおとなしくしな」
「……ネルさん、そんな、悪役みたいな台詞……」
「誰のせいだと思ってんだい!!」
怒鳴れば竦められた首、いかにも不満そうに、けれどまっすぐ彼女を見据える碧。どくんとネルの心臓がなぜかひとつ高くなって、しかしそれを無視するように、
「……さっきの戦闘、ね……その割には広がってるじゃないか」
「たっ、たまたまですよ! その、」
「あたしがあんたの動きにおかしいって気付いたのは、昼前の戦闘のあとなんだけどね?」
「き、気のせいですよそんないくら僕だってそうそう痛いの放置しておきたくな……」
「フェイト」
意識する間もなく、手は治療のために動く。もう一度傷口をあらためて湿布薬をあてて動かないように包帯で固定して、まるで彼に抱き付くような至近距離で。
たしなめるように名前を呼べば、丸くなりかけていた彼の背がぴんとのびて、
「あたしに迷惑かけたくないって言うなら、ちゃんと自分で早めに手当てするか、もしくはあたしにだって分からない完璧な演技をしてみせな。中途半端なんだよ。――まあ演技してた場合、それがバレたときあたしがどうするか、ちゃんと考えててほしいもんだけどね?」
「……言葉もないです」
「あんたを信用してるよ。たぶん、信頼もしてる。だから意味のない背伸びなんてやめときな。……下手すると信用も信頼も、全部撤回するよ?」
「はは……そう、ですね。肝に銘じときます」
思っていたよりも大きな身体になんだか途惑う気持ちをふと発見して、けれどそれを誤魔化すように。早口の説教に、彼はあきらめたようにはははと笑って。
「――ところでネルさん?」
「なんだい、あとちょっとで終わるから我慢しな」
「そうじゃなくて……」
「ん?」
痣のあった場所とはなるべくはなれたところで包帯の端をしばって、よし、と思ったら。
彼女の手を、フェイトがふわりとさらった。なでるように手の甲を包まれて、反瞬かすかに強張ったことに彼が気付いてしまったのか。
「――ネルさんにも、同じ言葉返しますよ。何ですかこれ」
「何のことかね? 別に打ち身なんてないし」
「そんなこと言ってないですよ」
引っかけられたことに気付いたネルが、かっと顔を赤らめた。してやったりの笑顔を浮かべた彼が今度は救急箱に手をのばして、
包帯がずれるからあんたはおとなしくしてなああもう気になるなら仕方がないからあんたの目の前で手当てしてやるからなんだいその不満な目はあのねさっきのあんたと違って手の甲の治療なんて自分の方が、
――ネルの上ずったいいわけの声が。
やがてふつりと途切れる。
