「間違い」なんか、どこにもないのに。

―― Die Backen aufblasen

「ソフィア、いい加減機嫌直せよ」
「知らない!」
サンマイト共和国、水没都市サーフェリオ。外界と切り離されたようにゆったりと時間が流れるそこに、青髪の青年のなんとなく情けない声が流れる。
夜、星々がかすかに存在を主張しはじめるころ。
豊かな水の上を渡った風が、少女の栗色の髪をさらって。視界をふさぐそれをぞんざいに押さえ付けながら、ソフィアはつんとそっぽを向いた。子供っぽいすね方に、フェイトはそれでも居心地悪そうに頬を掻く。見なくても彼女にはそれが分かる。
「わたしのことなんか忘れてマリアさんのところ行けば? さっきから何か言いたそうにしてたし」
「そういうわけにもいかないだろ……降参だよ、ソフィアが何に怒っているのか全然分からない。
僕が悪いなら謝るから。なあソフィア、」
「知らないってば!!」
いつもよりも歩幅を大きくして噛み付くように歩く彼女の脇に。早足で回りこんで顔を覗き込んできたフェイトを避けて、ソフィアは別の方へそっぽを向き直す。
すねているソフィアはドツボにはまっている自覚があった。そんな頭を冷やしたくて、少しだけひとりにしておいてほしかった。
おろおろするフェイトはそういう機微がまるで分からない。

◇◆◇◆◇◆

顔すら見せてくれない幼馴染に、ほとほと困り果てたフェイトが空を仰ぐ。
まるきりわけが分からない。

闘いの中の小休止、というよりも取り逃した宝箱の回収で大陸中――行くことができる場所にはすべて回ろうとしている最中だった。
たしか、朝ペターニを出発した時点ではソフィアの機嫌は普段どおりだったはずだ。
この星を少し留守にしている間に、卑汚の風とやらの影響でここいら周辺に出没するモンスターも以前とはだいぶ違って。そんなモンスター……というかすっかりお馴染みになった断罪者はじめ、夕暮れ時サーフェリオに着くまでに戦闘が数回。
そうして戦闘を重ねるごとに、どうやらソフィアの機嫌はどんどん悪くなっていって。

「疲れたのか? けど、本格的な闘いになったら、」
「そんなんじゃないわよ!」
すごい剣幕で噛み付かれて、フェイトが大げさに身をすくめた。言うだけ言ったソフィアは、また明後日の方を向いてしまう。
「ええと……気持ち悪かったとか? あいつら、確かに変な姿、」
「違う!」
「じゃあ、怖かったとか。そうだよな、今までの生活であんな怖い目に遭うようなこと、」
「あんなってどんな? それに、それでもないし。
……もういいから放っておいて。どこかに行って。一人にして!」
「――怪我でもしたから、機嫌が悪いのか?」
「…………っ!!」
「どこかに行け」といった直後に、むしろ彼女からすごい勢いで遠ざかろうとしていたのが。彼のふとしたつぶやきにぴくりと動きを止めて、直後ずかずかと近寄ってきた。
――あれ? 図星??
そんな風にフェイトが首をかしげると、かわいい顔を精一杯怒らせたソフィアの右手がなんだかブレて見えて、

◇◆◇◆◇◆

ぱぁん!
意外なほど良い音に、手を振り切ったソフィアは自分でやったくせに思わず身をすくませた。てのひらがじんじんして、腕がなんだかびりびりする。見下ろした右手を軽く握りこんでから、ひとつ瞬いて彼女はきっと顔を上げる。
左頬に見事なもみじをくっつけたフェイトが、なんだか呆然としている。
「フェイトの馬鹿ぁっ!!」
放っておいてくれと言ったのに、何も言うな黙っていろと言ったのに。それなのにソフィアにつきまとっては、見当違いのことばかり得意顔で上げて。
感情の高ぶりから涙が浮かんで視界がにじんで、そんなソフィアに今もおろおろして。
勝手にすねたのはソフィア、言葉を惜しんで手を上げたのはソフィア。そのとばっちりを食ったのはフェイト。
――分かってくれないことはともかく、冷静に見るなら「悪い」のは確実にソフィアの方。
興奮から浮かんだ涙がこぼれ落ちる。ぽろり、涙をこぼしながらソフィアがにらみつけたフェイトの頬が、いかにも痛そうにみるみる腫れ上がる。
さすがに罪悪感を抱くソフィアに、その頬のままフェイトは、
「ええと……泣くなよソフィア、こんなの大したことじゃ、」
「………………、」
……この、

「分からず屋!」
落ち着こうとしていた血が、またかあっと頭に上がった。
苛立ちと哀しみをないまぜにしたソフィアが、今度は握ったこぶしをフェイトに向ける。頼りないストレートがそれなりに整った顔にぶち当たる前に、何気なく上がったフェイトのてのひらに阻まれる。
ぱしん、先ほどの平手に比べるとずいぶん情けない音。
「……落ち着けよソフィア」
きり、かみ締めた奥歯が音を立てる。
落ち着こうとするソフィアを邪魔しているのはフェイトだ。黙ってくれれば放っておいてくれれば、そのうちいやでも落ち着くのに。それを許してくれないのはフェイトだ。
かみ合っていないことに気が付いているのはソフィアで、気付かないのがフェイトで。
――この場合「悪い」のは、

◇◆◇◆◇◆

ぽろぽろぽろ、ソフィアの頬をこぼれる涙が止まらない。
興奮のせいだと分かっているソフィアは涙の存在を無視して、分からないフェイトは左手でソフィアのこぶしを包み込んだまま右手を伸ばしてそれをぬぐおうとする。
ソフィアの左手がそれを跳ね除ける。
「はなして」
「だめだよ、離したらソフィア、また暴れるじゃないか」
――誰のせいだ。
つんけんとささくれた心のソフィアが、口を引き結ぶと力任せに手をもぎ取った。間違っても彼女に痛い思いをさせないように十分加減していたためだろう、それを許してしまったフェイトが少しだけ厳しい顔をする。
「……ソフィア、言ってくれないと分からないよ、僕は、」
「言ったってフェイトは分からないじゃない! 言ったってことにすら気付いてないじゃない!!
ずっとほっとけなんて、もう関わるななんて言ってない。そんなのは淋しいからいや。だからそう言ってるわけじゃない。
言ってるわけじゃないけど……でも、……「今は」放っておいてほしいのに、なんで分かってくれないの!?」
「ひとりになんてできないよ!! 心配しちゃいけないのか!?」
「――どうして通じないのっ!」
「壁」を感じてソフィアは哀しくなる。何か続けようとするフェイトから露骨に顔をそらして、「理屈」を聞きたいわけじゃないとぶんぶんと首を横に振る。

理屈ではなくて、感情で怒っている自分に気が付いているから、感情に振り回されている自覚があるから。だから一人静かに落ち着きたい。一晩だけ放っておいてくれれば十分だけど、期限を区切って要求することはなんだかさらにワガママな感じがするからいやだ。
フェイトが嫌いではないから、嫌いになりたくないから。少しの間だけ距離をおきたいと訴えて、それが通じないことが悔しい。
言葉が、気持ちがすれ違っているのが哀しい。

「……ソフィア、」
「もういい! ばかフェイト!! 大っ嫌い!」
かみ合わない会話に、その理由に。ソフィアだけが気付いてフェイトは理解できない。

そもそもは。
――戦闘で怪我を負った仲間が、ことごとく治療を拒否する、必要ないからと言う。
たったそれだけだったのに。
ソフィアを気遣ってのその言葉が反応が、なんだか仲間外れにされている感じがして悔しかっただけなのに。

「間違い」なんか、どこにもないのに。
誰もが「正しい」のに。
言葉を重ねてもやはり理解しないフェイトに、ソフィアは大げさに息を吐き出した。
感情がおさまらないから、涙がいつまでも止まらない。

―― End ――
2005/06/24UP
フェイト×ソフィア
OFP
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Die Backen aufblasen
[最終修正 - 2024/06/25-10:13]