もの心ついたときからそばにいた。ずっと一緒に育ってきた。
ずっとずっと「おにいちゃん」だった。格好良いと憧れる心の片隅で、きっとずっとそう思っていて。付かず離れずのこの関係がずっとずっとずっと続くと思っていた。
いつまでも「お兄ちゃん」なのだろうと、「このまま」がずっと続くと。心底思っていたのに。
確かに、そう思っていたのに。
「フェイトー?」
夕闇に周囲が紅から藍に変わる時刻。食事の支度ができたよー、などと言いながらソフィアは歩き回っていた。
なぜだろう、フェイトだけが食事の場に来ない。
「フェイト?」
――どこに行ったんだろう?
今は冒険中だから、ゲームに夢中になったあげくうっかり食べることを忘れて何食か抜いてしまった、というのとは違うはずだ。
昔――大して前のことではないのに、振り返ればずいぶん昔のような気がする以前。ハイダに旅行に行く前にはそんなことしょっちゅうで、フェイトの両親に頼まれたのもあって、ソフィアはあれこれフェイトの世話を焼いていたけれど。「しょうがないなあ」とかなんとか言いながら、あれこれソフィアがフェイトの世話を焼いていたけれど。
今は、そのころとはまるで違うはずだ。
「フェイトー、どこー?」
最低限、自分の身の回りのことはできるくせに。ソフィアがいることにたぶん甘えて、全部を面倒臭がっていたあのころのフェイトと、今のフェイトはきっと違う。
――今は。
今は、まるでお荷物なのはソフィアだから。モンスターに相対するたび、いちいち身をすくませ脚を凍らせるソフィアを、フェイトはじめパーティメンバー全員で世話を焼いている、世話を焼かれている状態だから。
「フェイトー」
誰かの世話を焼く、なんてとんでもない。
今のソフィアにできることといえば、お荷物にならないこと、以前に。こうして集合時刻、場所に来ないフェイトを探しに出るとか、できあいの料理に一手間かけて味を少しでも良くしてみるとか、うっかりどこかで引っかけたメンバーの服のほつれをちょこちょこっと繕うとか。
そんなことしかできなくて。
結局は、戦闘になれば相変わらず怖くて身体が凍り付くし。野営の時に何をすれば良いのかよく分からなくて、おろおろするしかないし。
がんばっているはずなのに、がんばりが全然反映されなくて。がんばっているはずなのに、「まるで」お荷物どころか「まるきり」お荷物から、卒業できないままで。
「フェイ、」
――あ、いた。
ぼんやりと捜し歩いているうちに、思考がすっかりネガティブな方向に流れていた。これじゃダメだと首をぶんぶん振って、いっそくらくらした視界の先にソフィアは目当ての青年を見付けた。
「フェイト!!」
少し離れているから、声が届かなかったのかもしれない。大きな樹に寄りかかって腕組みをして、うつむいたまま反応しないフェイトをそう思ってみる。
「……フェイト?」
見つけたことに安心して、足元をがさがささせながら。
ソフィアは首をかしげる。
「?」
――ずるいなあ、と思う。
少し先にいる、まったく反応しないフェイトに向かいながら。ソフィアは胸中でふくれてみた。
元から勉強よりも運動好きで、戦闘ゲーム好きで、そこそこの長身の割にかっちり体型だったけれど。ソフィアがあのサメのおばけに捕まっている間に、幼馴染は「実践」でどんどん強くなっていて。
――この前見たてのひらには、剣でできたたこがあった。
――身長が、なんだか伸びたような気がする。
――全身に筋肉が付いて、元からほとんどなかった贅肉が減って。
――「頼もしい」感じがする。
一人勝手に成長してしまった幼馴染が、そう思ってしまう幼馴染が。
……ソフィアは、どうしても「ずるい」と思う。
「フェイト、」
そんなことを思いながら、ようやく彼の元に出た。
ずっと声をかけていたのにぴくりとも反応しなくて、てっきり真面目に何かを考え込んでいるのかと思っていたソフィアは。ごく間近な距離にフェイトを見て、
――あきれた。
「フェイト、寝てるのっ!? ごはんできたよ、冷めちゃうよ!! ねえ、フェイト! フェイトってば!!」
樹にもたれかかって立って寝ていた幼馴染にあきれて、遠慮なしに肩をつかむとゆさゆさと揺すってみる。
――なーんだ。変わったと思ったけど、変わってないところもあるんだ。
そんな風に、自分勝手に変な安心した心を叱り飛ばしてみる。
そうして安心した心、が、
不意になんだかざわめきだした、ような気がする。
「……?」
「……あぁ、ソフィア……? あ、……うわあっ!? ね、寝てた!!??」
「――寝てたよ、ぐーすか。何回も呼んだのに、呼びながら歩き回ったのに。ちーっとも気付かないんだからっ!」
「ごめん、ごめんソフィアごめん! あちゃー、しっかり見回りしてるつもりだったんだけどなあ。どれだけ寝てたんだろ?」
「知らないよそんなこと。……みんな、きっともう食べてるんだからっ、ばかフェイト!」
近寄ったソフィアの気配に、なのか。肩をつかんだ手をひっこめて、改めて触れようとした動きに反応してなのか。ぱちっと目を見開いたフェイトに、ソフィアの心臓がどきりと跳ねた。びっくりしてどきどきしているのだと思おうとしても、一度跳ね上がった心臓はなんだかなかなか落ち着かない。
「ああ、ソフィア。ごめん……藪こぎなんかさせるつもりなかったんだ。怪我させるつもりなんか、なかったのに」
「平気だよ、このくらい。
――それよりも。早くしないと、料理が冷めちゃうんだけど」
「あっ! そ、そうだねソフィア、急がないと!!」
「フェイトのせいでしょー!」
先ほどのがさがさの時にはっぱで引っかいたソフィアの手の傷を、変なところにばかり鋭いフェイトが見咎めて。ふんわり持っていかれた手にソフィアのどきどきが激しくなって、思っていたよりも大きな手から、思わずあわてて自分の手を取り返しながら。
どういった意味で心臓がざわめいているのか、一体何が原因なのか。
内心パニックでぐるぐるになりながら、ソフィアは怒ったフリをしてみる。
「いつも」みたいに。
「いつも」どおりに。
もの心ついたときからそばにいた。ずっと一緒に育ってきた。
ずっとずっと「おにいちゃん」だった。格好良いと憧れる心の片隅で、きっとずっとそう思っていて。付かず離れずのこの関係がずっとずっとずっと続くと思っていた。
いつまでも「お兄ちゃん」なのだろうと、「このまま」がずっと続くと。心底思っていたのに。
確かに、そう思っていたのに。
「早く!」
「うん分かった、分かったからソフィア!」
ソフィアが急き立てるままに、一歩前をいくフェイトの背中を眺めながら。
――これは、ひょっとして「恋心」、なのかな……?
ざわめきの止まらない心臓に、少女は――一人困った顔をする。
