「見守る」だけなんて、
苦くてつらくてできないと、悟った。
「ソフィア、大丈夫か?」
「平気だよ、ありがとフェイト」
ふらり、なんだかソフィアの足元が危うかったから。
最近、まるで口癖のような声をかけたら、振り向いた翡翠がきょとんとして、すぐに笑みを浮かべるとふるふると首が振られた。心配してくれてありがとう、浮かんだ明るい笑顔はまるでフェイトを拒絶しているようで。何も言えなくなった彼に、じゃあまたあとで! と声だけ残して、ぱたぱたと足音が遠ざかる。
多分深い意味はない、ただ思わず手をのばしたフェイトは。そんな自分に気が付くと、苦く笑いながらその手を握りこんだ。
「元気ないわね?」
そんなやりとりがあって、そのままソフィアの走り去った方をただぼんやりと眺めていて。声をかけられて軽く背をはたかれて、びくんと跳ね上がるとあわてて振り向いた。
隠す気はないのだろう、いかにもあきれた顔がそこにはあって。フェイトの目が焦点を結んだのを見て取ったのか、気の強い目がほんの少しやわらかくなる。
「幽霊みたいな顔してるんじゃないわよ」
「っ、あ、マリア……」
一体自分がどんな顔をしていたのか分からなくて目を白黒させれば、冗談に決まっているじゃないバカね、と彼女があっさり前言を撤回した。そして彼の視線を負ってそちらに目を向けて、ひょい、とひとつ肩をすくめる。
「本人が頼りたがらないなら、倒れるまで放っておけば良いじゃない」
「――見てたのか?」
「知り合いが見えたら挨拶くらいするものじゃない? だから近付いたら、聞こえたのよ」
疑問に疑問を返されて、盗み聞きではないと言い切られれば、責めるのもどうかと一瞬詰まってしまって。反応に困るフェイトに彼女はにっと笑って。
「あなたがあれこれ思うよりも、あの娘は強いと思うわよ」
「……でも、あいつは今まで、」
「平和で平凡な世界に暮らしていた「普通の」女の子、ね。
――別に否定しないけど、それを一番思い知っている本人ががんばりたがっているんだもの。おとなしく見守ってあげたら?」
「……それができたら、悩まないよ」
それもそうね、と彼女はまた肩をすくめる。
きっと「悩む」時期などとうに乗り切った彼女は、どこまでも強くて凛々しくて。まぶしいというか恐れ多くて、なんだかまともに見ることができなくて。
「――マリアにも、無理してほしくないよ?」
「あら、ありがとう。……ついで、みたいに言われなかったのなら素直に嬉しいわ」
まっすぐに目を上げられない居心地の悪さからの台詞は、変に曲解されてしまったようで。
そういう意味ではないと否定するためあわてて顔を上げたら、怒ったのかそうではないのか、いまいち読めない彼女はじゃあねと片手を上げていた。曖昧を許さないきっぱりした背中が遠ざかる。
何も言えなかったフェイトが手をこまねいているうちに。
だいぶ離れたところで一度だけ振り返って、
「キミが彼女をどう思おうと、「幼馴染」の権限なんてないも同然よ。変なアクション起こしてあの娘の負担になるのなら、私が相手になるから覚えておきなさい」
いつの間に、それだけ仲良くなっていたのか。
鋭い台詞をきっぱり告げると、あとはもう振り返りも立ち止まりも、歩みがゆっくりになったりさえしない。
フェイトはゆっくり瞬いた。
――「幼馴染」には。
たった今聞いた、ソフィアと同年代の少女の言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
頭の良い彼女のことだから、それを聞いたフェイトが何を考えか、全部計算していたのかもしれない。聡いけれどどこか鈍い彼女のことだから、裏も何もなくうっかり言ってしまっただけかもしれない。
……どちらでも、かまわない。
ふと目を落とせば握りこんだままの自分のこぶしがあった。ずっと握りしめていたそれはそれだけ力を込めていたのか、なんだか自力で開くことができないくらいかたくかたく凍りついている。
――マリアが何を考えても、どちらでもいいんだ。
まるで感覚のない指を一本ずつ開いて、一拍おいてざあっと音さえ上げそうな勢いで血が巡る。そのむずがゆさに身もだえしながら、フェイトはひとつ深々うなずいた。
――一人でがんばると、ソフィアは言ったけれど。
――大丈夫なはずない。
――平気なはず、ないんだ。
強くなろうと努力する姿はいじらしいし、がんばる彼女は魅力的だ。けれどそのがんばりも今のフェイトには無理をしているとしか見えないし、そのフェイトの目から見れば、今のソフィアは痛々しいとしか映らない。
――努力するのも良いけれど、「普通」の中にいた彼女だから、
――もっとゆっくりで良いと思う。
――無理をする必要なんて、どこにもないんだ。
だから、一言助けを求められたら、すべてを放り出して駆けつけると、笑顔で保証したいと思った。
「幼馴染」にあの細い背中を支えてやる権利がないのなら、そんなもの捨ててやる。
あの痛々しい作り笑いを、見なくて良いのなら。
――どんな無理だって無茶だって、喜んでこなしてみせる。
だってそれくらい、幸せにほころんだソフィアの笑顔が好きなんだ。
その笑みを、優しい心を、彼女を。
――守りたい、支えたいと思うんだ。
「見守る」だけなんて、苦くてつらくてできないと、悟った。
この気持ちを押し殺すのは、もう苦しくて耐えられないと思った。
しびれの取れた手を改めてぐっと握りこむと、フェイトはがむしゃらに駆け出した。
どこかに消えたあの背中を、まずは見つけ出したいと、思う。
