この世界は広いのに、
発達した科学で無限の先にだって行けるのに。

―― Eng verwandt sein

「フェイト」
幼馴染の愛らしい声に、名前を呼ばれた彼はぎくりと身体を固くした。避難の際にサメ人間に捕らわれた彼女を助け出して数日が経過していて、しかし父を亡くして沈んでいたあの時以降、フェイトはできるだけソフィアと二人きりにならないようにしていた。
けれど彼女の方は、フェイトに話したいことがあるようで。短くはないどころか人生の大半を一緒に過ごしてきた身の上、分かってしまってだからなおさら逃げていたのに、とっ捕まってしまえばもうどうしようもない。
「今、時間大丈夫?」
……ない、と言いたい。ないと言ってこの場から逃げ出したい。
けれどフェイトがソフィアを読むように、ソフィアだってフェイトのことを読むから。フェイト以上に読むから。……多分逃げていたことにさえうすうす気付かれていて、そこにツッコミを入れるためなのかもしれないし。
いや、希望的観測と分かってはいたけれど。
「ねえ、フェイト?」
「うん……大丈夫、かな。なんだいソフィア?」
小首をかしげる愛らしい少女に、自然顔は笑みを浮かべていて。そんな調子の良い自分を、出来ることなら鉄パイプで殴りたいとさえ思う。

◇◆◇◆◇◆

「……あのね、」
現在地、連邦軍所属アクアエリーの一角。窓の外には宇宙が広がり、ワープ空間にある今はオーロラにも似た極彩色の光が揺れている。多分どれほど見ても見飽きることのないそれを、けれどただ目のやり場に困っているから見ているように。
そんな目をしたソフィアが、言いたいことを頭でまとめているような声を上げる。
「あの……助けてくれて、ありがとう」
「何言ってんだよ、改まって」
この場から逃げたい気持ちとは別に、普通に呆れて。なかなかどうしようもなく無神経な声を、気が付いたら上げていた。
にらみ付けられるとか殴りかかってくるとか、そういうことを言った瞬間覚悟して。
けれどソフィアはフェイトのその反応にまるで気付いていないように、ただぽつぽつと考え考え、
「捕まっている間ね、何もすることないからいろいろ考えてたんだ。
それを今、言えるから。だからありがとう」
「……」

何を言う気なのか。
分かるようで、分からない。分からないけれど何となく分かる。
本当はそれを聞きたくなくて、聞くことで何か決定的に確定してしまうものが怖くて、フェイトがソフィアの声を遮ろうとして。けれど彼女はそんなあわてたフェイトに――多分、気付いていないのかもしれない。

◇◆◇◆◇◆

「考えてたんだ。
捕まってからずっと、世界が灰色で。音もなんだか変に聞こえて、遠くて、ぽつぽつかすれていて。別に変な薬を飲まされたとか、何かされたってわけじゃないのに。何でこんなんになっちゃったんだろう、って思ってた」
オーロラめいた光に、ソフィアの横顔がきれいで。
今すぐ彼女の口を塞ぎたいのに、見とれてしまって身体が動かない。そんなフェイトに気付いているのかいないのか、ソフィアはまるで動揺さえない。
「なんでって考えても、要因はいっぱい考えついた。
だって、捕まってたし。道具も、同じようなものなのに何かデザインがいちいち違うし。それに何もさせてくれないから、そういった意味ですごく不健康だったし。……捕まったショックで、わたし、どこか変になっちゃったのかな、とまで考えたんだよ」
「……今は?」
「うん、今は平気なの。
世界はくっきり色付いているし、音も良く聞こえる。捕まっていたときは心が動かなかった小さなことにも、どきどきしてわくわくしてくらくらする。
……自分でも不思議だったんだよ。なんでこうも違うんだろうって」

一から順に説明しようとしている彼女を、今止めておきたい。止めて、その先を言わせたくない。
本当にフェイトが思っていることを言いたいのかの確信は、実のところないけれど。
けれど、もしもそれだったなら、それを言われたときの自分が、その先の人間関係が、

◇◆◇◆◇◆

ぐるぐるするフェイトを無視して、ソフィアは独白のように続ける。一度は上げた目線がまたうつむき加減に落ち着いて、小さな手が付かれた窓の向こうからこの一帯を見たなら、憂い顔の少女はそれはそれで魅力的かもしれない。
混乱のあまり馬鹿みたいなことを考えて、フェイトは息を、

「それでね、思ったんだ。
フェイトがそばにいるからなのかなあって」
息を――吸おうとしていたのか吐こうとしていたのか、とにかく空気が喉の途中で止まった。変な声が上がったはずだ。ぱちくり、瞬いた少女がそんなフェイトに目を向ける。
「――思ったんだ。
わたしの世界は、フェイトが回してるんじゃないか、って」
「そ、……」
「うん、大丈夫。ちょっと他に上手な言い方が見つからないだけだよ」
虹色の光に照らされて、やわらかく微笑む少女。愛らしい顔立ちがさらに輝くほどに魅惑的で、自然ふらふらと手が伸びかける。伸ばして触れたところで何をどうしようかまるで考え付かないのに、ただ手だけがふらふらと伸びる。
それが触れる前に、彼女は。
彼女のほうから一歩、フェイトに近付いて。
「生まれたときから一緒で、だからかな。フェイトがそばにいないと、わたしの中の何かがぽっかりなくなったみたいになるんだよ。生きているだけの……人形みたいなのになって、何を見ても何があっても、心が動かないの。
変、だよね。……勘違いかもしれない。ううん、うまく言えないけど、でもそんな「何か」があるんだよ」

大切な少女、大切な幼馴染。胸に抱いた感情が恋とか愛とかなのかといわれるとよく分からない、けれど確かに誰より何より慈しみたい気持ちはある。
声に遮られたフェイトの手が、そんな幼馴染に届いて。やわらかく引き寄せれば、特に抵抗なく彼の胸に納まってくれる。

◇◆◇◆◇◆

――「好き」と「嫌い」なら、確実に「好き」だけど。
――これが「恋」や「愛」かと言われれば、やはりよく分からないけれど。

「……うん、僕もソフィアがそばにいないと、何か変な感じがするよ。
こうして抱きしめるほど近くじゃなくてもいい、四六時中べったりしていたいのとも違うと思う。ただ、会いたいと思った時にちゃんと顔が見れるような。何か用事があってそれがすぐは無理としても、一日のどこかでお前を見ないと、何か変な感じがするよ」
それはある意味、身体のどこかの器官のように。
そこに在るのが当然で、なくなってはじめて違和感に襲われるように。
下手をしたら父母よりも近しい幼馴染。兄妹がいたとして、それよりも近いのかもしれない幼馴染。しばらく離れていて、数日前ようやく再会したいとしい少女。

――「好き」とか言われると思った。
――この関係に、くっきり線が引かれると思って、それはなんだかとてもとても嫌だった。
――曖昧なままでいたいわけじゃない、ただ。
――ただ、思い付くどの関係も、自分とソフィアの関係を示すにはまるでもの足りないから。
――だから、そんな「間違った」線引きはしてほしくなくて。
――くっきりした線を引かれるくらいなら、曖昧なままでいたくて。

それは、まるきり杞憂だったわけだけれど。

◇◆◇◆◇◆

「……ねえ、これからもそばにいてくれる?」
「ソフィアが僕を必要とする限り、いくらでも」
無邪気な問いに少し格好つけて返せば。くすくすと笑われる。胸に抱いた少女が笑って、フェイトの身体もつられて揺れる。

この世界は広いのに、
発達した科学で無限の先にだって行けるのに。
――それでもまだ無理なこと、足りないもの、……言葉さえ知らなくて。

だからただ、腕の中の少女をじわりと抱きしめた。
幼馴染の彼女はくすくす笑ったまま、細い腕がフェイトの背に回る。

―― End ――
2005/12/07UP
フェイト×ソフィア
OFP
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[最終修正 - 2024/06/25-10:14]