――似合っているか、いないか。
きらきらした目で訊ねられて、フェイトは言葉に詰まった。
――見た目なら、見た目だけなら。それは確かに似合っていると思うけれど。
けれど単純にうなずくには、彼の中の何かが躊躇する。
「……ぇいとー!」
「?」
遠くから、何か呼ばれたような気がして彼は振り向いた。近いか遠いか訊ねられるとどうにも答えに困るような、そんな向こうの角から。幼馴染の少女がぶんぶん手を振っていた。
「……?」
その頭に、何か見慣れないものが見えたような気がして。目を細めてよくよく見ようとしたら、彼女はそれを隠すように頭に両手を当てると、てってって、と走り寄ってくる。
……なんだ……?
とりあえず、そのままその場に立ち尽くして彼女を待っていたなら。
「ねえねえねえフェイトフェイト!」
「どうかしたか? 頭……さっき何か見えたような気がしたんだけど」
弾む声、こぼれそうな全開の笑顔。たとえばどこかにぶつけてできたこぶをかばっている、という雰囲気ではない。それはどちらかといえば、見せたくて仕方長いものを、けれどとりあえずは見せないようにしておいて驚かせてやろうというような、
「似合うっ!?」
「ぶっ」
疑問に眉を寄せていたフェイトが、そして吹き出した。
驚いた、は確かでもなんだか想像と違うとでも思ったのか。その顔を呼び込んだソフィアが、なにやらむっとした顔になる。
さらさらと流れる髪の間からのぞくもの。
控えめに、けれど確かに存在を主張しているもの。
それはいかにもやわらかそうな毛に覆われた、到底人間のものではない、
……なんだかねこの、みみのように見える。
「な、な……!?」
指までさして、驚きのあまり声が出せない彼に。えへへー、とソフィアが笑う。くるり、軽やかにその場でターンしてみせて。短いスカートの裾から伸びたものに、フェイトは二度、さらに度肝を抜かれた。
――ねこしっぽ、まで。
たとえばカチューシャのねこみみをつけているわけでもなく、たとえばどこかに紐か何かで縛り付けて、取り付けているわけでもない。正真正銘彼女から生えているらしく、ゴキゲンな気分に合わせてみみがぴくぴく、しっぽがゆらゆら。
何があったのか訊ねることもできないフェイトに、ソフィアはむしろ誇らしげに、
「マリアさんがね、やってくれたんだ。
ねえねえフェイト、似合う似合う似合うっ!?」
彼が知りたかったことをさらりと吐くと、さらに一歩詰め寄ってきた。
さあ答えろと迫る彼女に、フェイトは凍り付きかけた頭を無理やり動かして、
「……マリアに?」
「アルティネイションの実験がどうとか言ってたから、ねこみみ生やしてもらったのー! かわいいでしょ? ねえ??」
多分、それだけ興奮しているのだと思う。彼女の本質をまるで抜き出したような、純白の毛並みがどこまでもつややかに。みみもしっぽも先ほどからずっと、落ち着きなくぴくぴく動きっぱなしだ。
元々がふわふわの雰囲気、甘い感じのする美少女のソフィアに。
その純白のねこみみとねこしっぽは。
――似合っているか、いないか。
きらきらした目で訊ねられて、フェイトは言葉に詰まった。
――見た目なら、見た目だけなら。それは確かに似合っていると思うけれど。
けれど単純にうなずくには、彼の中の何かが躊躇する。今だって興奮しきっていっそ何か危うい感じのするソフィアが、もうどうしようもなく舞い上がって、何かとんでもないことをしでかしそうな気がする。
「フェイト?」
さらに一歩、距離が近い。にこやかに無防備に見上げてくるソフィアが、その無防備さが逆に怖い。何か言わなくてはと思うのに、焦るのに。フェイトの脳ミソはいよいよ白旗を上げて、凍りついて煙を吐き出して、とにかくまったく動かない。
「似合ってない??」
しゅん、不意にうなだれたのにびっくりする。生き生き咲き誇っていた花が、くたりとしおれたような様子におろおろする。ぴくぴくしていた耳がぱたんとしおれて、ぐるぐるしていた尻尾もだらりと落ちて。
何もしていないのに、なんだか罪悪感がこみ上げて、
「いや……似合っているけどさ、」
「そうっ!?」
ぼそりとつぶやいて、でも、と続けようとした言葉を彼女は聞いていなかった。がばっと顔を上げて再び目をきらきらさせて、満面以上の笑みが咲いて、
「ありがとっ! 好きだよフェイト!!」
いかにもおざなりな返事を残して、またなにやらすごい勢いで走り去っていった。言いかけた言葉は途中で、おろおろついでに持ち上がった手は中途半端で、その自分のふがいなさになんだかがくりと肩が落ちて、
「……猫化の影響が変な風に出ているわね……」
いつの間にか彼の脇に立って、同じ背中を見送っていた青髪の彼女がぼそりと漏らした。驚く余裕さえなくて全身脱力しながら、フェイトの目はやはり駆けて行く細い背中を見ている。
「変な……?」
「耳と尻尾、あとは虹彩あたりだけのつもりが、精神にも影響出たみたいなのよ。
思い立ったらいてもいられない、考えるより先に動く、……まあ、私の猫認識が出たみたい。冗談だったんだけど、まさかこんな風になるなんて」
「…………」
「つかまえて連れてきてくれないかしら。このままじゃあの娘、どこかでこけるとかやるわよ、きっと」
「……勘弁してくれよ……」
――脱力した身体が地面にめり込みそうだ。
そんなことを思ってのっそり脚を踏み出した彼に、元凶の女参謀の声が、
「次からは、何か解除の合言葉か何か、組み込めないか試してみるわね」
「…………頼むから最初からやらないでくれ……」
トドメを刺した。
結局。
何か身体が軽いような気がする、と思ってどこぞの木にのぼりはじめたソフィアが、けれど身体能力は特に何も変わらなかったため、途中でのぼることもおりることもできなくなって。どうしよう、と泣きそうになったところにフェイトが追い付いて、
ほっと安心した瞬間、身体をなんとか支えていた手がずるりとすべって。
まさか予そんなこと想もしていなかったフェイトに、落ちてくる彼女を受け止める余裕はなかった。それでもとりあえず、クッションになることだけはできた。
彼の腹に馬乗りになって、鳩尾の衝撃にただうめく彼に、ごめんねとありがとうを泣きそうな顔でくり返すねこみみソフィアに。なぜだかどきんと跳ね上がった心臓を、フェイトは無駄に必死に呑み下す。
――どれだけ頼み込んでも、相手があの女参謀ならいっそ土下座したっていい。
――もう二度と、ソフィアでこんな実験しないでくれるように本気で頼み込もう。
冗談でもなんでも、こっちの心臓がもたない。
フェイトの手が、ソフィアを安心させようとその細い肩を包み込んで、
ゆっくり起き上がったなら、体勢の関係上、唇が近くなって。
――何を考えているんだバカか僕はどうかしてるんじゃないのか。
勝手にどぎまぎとするフェイトに、
ソフィアはただ、どこまでも心配そうな顔で無防備にのぞき込んでくる。
