そして何気なくその手を握りしめてみたなら。
きゅっ、逆に握り返される。
「……ソフィア、何の用なんだい?」
「別に、何でもないよ。……邪魔?」
だったらいいよ、と立ち上がりかける幼馴染に、フェイトは困った顔をする。
「別に、どこか行けなんて言ってないだろ」
「言ったも同然でしょ?」
そのままの表情で少女を止めれば、返ってきたのは疑問形の言葉。
三秒ほどそのまま見つめ合って、そして同時にあはは、と頬をゆるめて。幼いころから何度くり返されたかも分からない同じ言葉のやり取りが、ただなんだか面白い。
「これやってると相手してやれないし、ただ見てるだけって暇だろ? マリアとかネルさんとかと買いものにでも行ったらどうなんだ??」
「見てるだけだって十分面白いし、マリアさんは緊急の用件とかでディプロの人たちと通信しっぱなし、ネルさんはなんだか忙しそうにいなくなっちゃった」
ざかざかと荷物をあさりながら思いついたことを何気なく提案してみたなら、即座にそれに首を振られて。それ以上何を言えばいいのか思い付かなくて、まあ座れよと備え付けの椅子を指さしてみたら、こっちでいいよと彼女はその場にしゃがみこんだ。
宿屋の男部屋、ただし今部屋にいるのはフェイトとソフィアの二人だけ。年ごろの女の子が無防備にやってきて良いところは思わないけれど、幼馴染の彼女に気後れした様子はなくて。
男扱いされていないのか、と思えば少しばかり落ち込みもする。
けれど考えてみれば彼自身、ソフィアを本当の意味で女性扱いしているか、と訊ねられれば素直にうなずくことができなくて。
最近気付いたなら、荷物がものすごいことになっていた。
あれば便利だけれどないならないでそれでいい、程度のものから。確実に使わない、むしろかさばる分あるだけ邪魔なシロモノ。たとえばいつ作ったのか記憶にない珍品料理の数々、どう見ても失敗作なアクセサリーぽいもの、なぜだかたくさんある爆発物各種、他。
別に収集して種類や数や質を誰かと競っているわけでなし、どこかに落ち着いたら整理をしようと思っていた。思っているうちに町についてこうして宿を取って、特にしなければならない用事もすべてハケてしまっていて。
だったらちょうど良いなと思ったら、なんだかソフィアがやってきた。
手を出されると逆に混乱しそうだなと思ったけれど、どうやら手伝おうという気はさらさらないらしい。
「……つまらないって、あとで怒るなよ」
とりあえず荷物袋から適当にすべて取り出して。部屋備え付けの筆記用具にメモをしながら、何となく釘を刺しておく。
「うん」
「分かっているみたいだけど、手伝ってくれなくていいから」
「そのつもりだよ、なんだか服が汚れそうだし」
……こいつ。
思わず目を向ければ、無邪気な笑顔。きっと他意はないのだろう、いや、そんなことは分かっているけれど。
ペンの尻で頬をかいて、フェイトは肩をすくめてみる。
「……あと、上の空に返事するからって、とんでもない約束ふっかけてくるなよ」
「分かってる。……ていうか、しつこいよフェイト。あれは、あれ一度っきりしかやってないじゃない」
「一度やれば十分だろ」
集中しているところに話かけると、なんでも「うん」とうなずく彼をいいことに。かつて、一度。猫のプリントされたバッグだかなんだかをねだった前科のあるソフィアが、ぷくっとふくれている。
そんな軽口はいつものことなので、別に何も気にしないで。
アイテムの整理にとりかかってみる。
……しかし、よくもまあこんなに集めたもんだよな。
主に彼自身がため込んだくせに、アイテムの山にフェイトは息を吐いた。こうして分類してみてはじめて気付いたけれど、なぜだか名前を書きこまれた私物も多い。
一体どんな意図なのか、とあるボムに金髪大男の名前が書いてあって。
そんなボムを手に取ってしまい、しげしげと眺めていたフェイトは。
何気なく、ソフィアに振り返った。
ら。
なんだか真剣に食い入るような目が、彼の手元に集中している。
「……ソフィア……?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
首をかしげればすぐに否定されて、けれどやはり彼女の視線は動かなくて。
見下ろせばアヒルのおもちゃのような爆弾を目が合ってみた。
「これが気になるのか?」
「違うよ」
はい、と渡したなら、いらないよ、と突き返される。あっさりとしたそれに本気で不思議になって首をかしげれば、やだ、気にしないでよと苦笑と一緒に首が振られて。
それでも気になってじっと彼女を見つめてみたなら。
しばらく見つめ合ったあげく、ふゥ、とへんにオトナっぽいため息がひとつ。
「どうかしたかい?」
「なんでもないってば。
……フェイトの手、見てただけ」
「て……??」
彼女が見つめていたのは手の中のものではなくて、手、そのものだったらしい。
爆弾は放り出していわれたものをしげしげ見下ろしてみる。
趣味のゲームではなくて、本ものの剣を握りはじめてからそれなりに経っていて。手のひらの皮が厚くなった感じがするし、改めて見てみればなんだか予想外に傷痕が多い。部屋に落ち着いてから一度手を洗ったはずなのに、なんだか返り血が残っているのはどういうわけだろう。
ともあれ、いくら見てみてもいつもの彼の手で。
何が面白くて凝視されていたのか、まるで分からなくて。
そして不意に白いものがのびてきた。
指をからめるようにして、その向こうにソフィアの顔がある。なんだかいたずらっぽい笑みが浮かんでいるように見える。
「ええと……?」
「小さいころは、あんまり違わないと思ったのに。それなのにほら、今はフェイトの手がすごく大きいし、しっかりしていて骨っぽいし」
手に触れるやわらかな感触。見下ろせば白、ふわふわやわらかくてすべすべ張りがあって、けれどいかにも皮膚が薄くてどこかにひっかけたならあっという間に裂けてしまいそう。どこかにぶつけたなら、すぐにでも砕けてしまいそう。
――ソフィアの言葉を疑うつもりはないけれど。
――本当に、昔はこんな手と違わない手をしていたのだろうか……?
思って、同時に。
――ああ、女の子なんだ。
思った。すぐに消えてしまいそうな儚い存在だったことに、改めて気が付いた。
そして何気なくその手を握りしめてみたなら。
きゅっ、逆に握り返される。
荷物を広げたままで、その中にあぐらをかいてしゃがみこんで。膝をそろえた幼馴染の少女もしゃがみこんでいて。
こんな、中途半端な今だけど。
――彼女が許す限り、こうしていたいかも。
何となくぼんやり、思ってみる。
