だって、お前が作ったから。
お前が僕のために、作ってくれる料理だから。

―― Die Liebe geht durch den Magen.

ヒールのない靴だから高い靴音は立たなかったけれど、それでも乱暴な歩き方をして。そして目当ての部屋の前に立つと、ソフィアは大きく息を吸い込んだ。まるで殴り付けるように目の前のドアを叩いて、返事も待たずにノブを回す。
ベッドに横になって行儀悪くクォッドスキャナをいじっていたフェイトが驚いたような顔を向けて。
「ど、どうしたんだよソフィア……」
「フェイト、訊きたいことがあるんだけど!!」
その脇に立って、ソフィアはぷんぷんしながら腰に手を当てた。
「わたしのことからかって、そんなに面白い!?」
「はっ!!??」
――この顔をきっと、鳩が豆鉄砲を喰らったような、なんていうのだろう。
怒っているのに頭の片隅が、そんなことを考える。

◇◆◇◆◇◆

つい先ほどまで彼女は、ファクトリーでクリエイションをしていた。まずはと材料の下ごしらえを、そのときは包丁を握って材料を切っていた。
そこに、どうやら自分の仕事が一区切りついたらしい青髪の女参謀がやってきて、
――ずいぶん細かく刻むのね?
なんだか笑いを含んだ声にソフィアは顔を上げる。
――ニンジン嫌いなの?
――わたしは平気ですけど、フェイトが。普通に入れておくと、選り分けて残すじゃないですか。いい歳して子供みたいですよね?
同意を求める声に、彼女の憧れの女性はえっと驚きを顔に出す。いつでも冷静沈着な彼女がこんな顔をするなんて、と呑気に思ったソフィアだったけれど、
――フェイト……別に好き嫌いなんてないでしょう? いえ、あるかもしれないけど。私は旅をしてこっち、彼が食べもの残すところなんて、見たことがないわ。
彼女の言葉に今度はソフィアが驚きを前面顔に出して。それが収まったら、何だかむかむかと腹が立ってきた。

◇◆◇◆◇◆

「マリアさんから聞いたわよ、フェイト、別に好き嫌いなんてないんでしょう!? あるとしても別にニンジン細かく刻まなくても、ちゃんと全部食べるんでしょうっ!!??」
――じゃあなんでわたしが作った料理だとわざわざ選り分けて残すのよ!
――そんなにわたし、料理が下手なの!?
――だったらいつもいつも、美味しいよなんて笑顔で言わなくても良かったじゃない!!
分かっていないフェイトにさらに腹を立てて、機関銃のようにたたみかける。彼の表情が、驚きからばつの悪そうな顔、じんわりと苦笑に変わって。その全部を見ながら、段々感情が高ぶって涙が出てくる。
「別に無理して食べなくてもよかったのに! 嘘なんて吐かなくても良かったのに!!」
ソフィアの料理は美味しい、なんていつだって笑顔で誉めてくれるから、だから調子に乗った。ボタン一つで料理が出てくる環境、創作料理でもないモノをわざわざ作ることを趣味にしている人間なんて、ほとんどいない。
ソフィアにとっては、だから、自分の舌とフェイトの言葉が判断材料だったのに。
それなのにそのフェイトが本心を言ってくれてなかったなんて、と、涙が出てくる。
――フェイトにずっとずっと馬鹿にされていたんだ、と思うと。
涙が、出てきて、

ぽろぽろぽろ、怒って涙を流すソフィアを、困ったように見返す碧。
ゆっくり起き上がってベッドの上にあぐらをかいて、ばりばりと頭をかきむしってソフィアに正面向き直る。
いつものように涙を拭くため、のびてきた手をばしっとはねのけたなら。
きっと驚いて、そして困ったような笑みを浮かべた。

「……嘘じゃないよ。ソフィアの料理は、全部美味しい」
「それが嘘じゃない。美味しいって思うなら、どうしてにんじん残すの」
「ええと、それは」
「残すの!?」
別にフェイトを困らせたいわけではなくて。でも腹が立って、乱暴な声を上げた。言われたフェイトはぱくぱく口を動かしたり、言いかけては止めたり明後日の方を向いたり、落ち着かないことこの上ない。
待っていたソフィアは、けれどそのうち我慢できなくなって、
「フェイト!」
「はい!!」
大きな声で名前を読んだら、びくんと姿勢が正された。そのまま三秒経って、やれやれとフェイトが大きく息を吐く。

◇◆◇◆◇◆

「……分かった、白状する」
「うん」
「にんじんは好きじゃない」
「それ、答えになってない」
「分かってる、……ええと。何て言ったらいいのかな」
なぜかまた目が泳いで、この期に及んで覚悟が足りない。
「食べれるけど、あんまり食べたくない。ソフィアにだったら、そう言えば何とかしてくれると思った」
「言ってないし、それだけ?」
「……違うよ」

そしてフェイトが、今までとは違う――おだやかな笑みを浮かべた。
どきんとソフィアの胸が高鳴って、……けれど騙されるもんかと、思って、

「ソフィアに迷惑かけてたのは認める。ごめん、甘えてごめん。その気持ちは本当だよ。
でもさ、
でも……ああ、何て言ったらいいのかな。
でも……でもソフィア、僕がにんじん嫌いと知って、いろいろ考えて工夫してくれただろ? 考えて、試して……それって全部僕のためだっただろ??」
「そりゃ……そうじゃない。パパもママも滅多に家にいないし、おじさまおばさまも同じだし。料理をするって言うと友だちみんな驚くけど、お菓子ならともかく料理なんてご馳走する機会、普通はそんなにないよ」
「うん。
……だからその分、僕の考えていてくれるって思うと、それが嬉しかった。僕のために何かしてくれるソフィアは、そのときのソフィアは僕が独占してるって思うと、嬉しかった」
ゆっくりとのびてくる手。まだソフィアの目尻に残っていた涙を、今度は振り払われなかったその手が、ゆっくりすくい取る。
フェイトの言葉の意味が分からないソフィアが、だから反応できないソフィアがただまたたいて、
その頬を、フェイトの手が包み込んで。

「勝手言って困らせてばっかだけどさ。
白状するよ、――僕はソフィアが好きだ」
最初は自覚なかったし、自覚してからもこの関係壊したくなくて、だから黙ってたけど。
ずっとずっと、最初が思い出せないくらい、ずっと。
――僕はソフィアが、好きだったよ。
――これからも、ずっとずっと好きだよ。

◇◆◇◆◇◆

「……ばか」
呆然とした声が聞こえる、ソフィアはぼんやり思った。頬を包む手はあたたかくて、ゆっくりそこに顔を傾けて――先ほどのつぶやきが自分の口から出たものだと、そのときなんだか気付いて、
困ったような照れたような、何かを期待するような何かを怖がっているような碧がまっすぐ彼女を見ていて、

――嫌いな相手のためにあれこれするほど、わたしはお人好しかもしれないけど、そこまでお人好しじゃないよ。
――うん、フェイトが好きだから、だから今までずっと世話を焼いてきたんだ。
――今はまだ「好き」しか分からないけど、
――けど。

この手があたたかいと、ソフィアは思う。
先ほどまで怒っていたのに、すべてがばからしく思えて、
このまま、この手を独占していたい、なんて。

思った自分に、何だか照れる。

―― End ――
2006/04/23UP
フェイト×ソフィア
OFP
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Die Liebe geht durch den Magen.
[最終修正 - 2024/06/25-10:14]