ふわり、華やかに微笑んでください。
僕にとって、それが何よりの報酬だから。
ここのところ、幼馴染の表情がどうにもかたい。――それも仕方がないよなあと、フェイトは大きく息を吐いた。
受験戦争だとか調理場は戦場だとか、今まで物騒な言葉で表現されるあれこれをくぐり抜けてきたとはいえ。それはあくまで比喩であって、まさか彼女が本物の戦場に立つだなんて、思ったことさえなかった。
フェイト自身数ヶ月前までは、軍人でもないし不良な人種とお付き合いがないし、まさかそんな自分が今こんなところにいるなんて、空想や妄想でだって考えたことがなくて。
だから、表現ではなく本当に生命がやりとりされる場に立っているわけだから。
――あの愛らしい少女の表情が、かたいものになっていくのも当然だとは思うのだけれど。
「それでも、やっぱり笑っていてほしいんだよなあ」
無理だと分かっていても、エゴだと知っていても。それでもどうにも、あの少女にかたい表情は似合わないと思うから。その表情だって十分愛らしいけれど、彼女の笑顔を誰より知っているフェイトだから。笑顔の効力を、あるいは身をもって知っている彼だから。
「……どうしようかなあ」
つぶやいて、けれど。
けれどそのころには彼の脳みそはものすごい速さで回転をはじめていて。
とはいえ、いくら頭をひねっても。
「ええと……そこのピンクのと、あ、そっちじゃなくてその右の。そうそう」
いくら考えても、大した作戦なんて浮かばなかった。一晩、いや、本当はずっと前から、彼女がこの旅に同行するようになってからずっとずっと悩んできたけれど。
それでも、ろくな作戦を思い付くことができなくて。
「ええと、あとは……向こうの白い小さいのをちょっと多めに……もう少し少なく……と、あと一本」
先ほど寄ったファンシーな店で、男一人ではどうにも敷居が高い店で、それでも勇気を総動員して買ったぬいぐるみがかさばって仕方がない。ここの店と、最後にあの店と。そのすべてが十分以上にかさばってくれて、重くはないけれどかさばってくれて。
「あ、向こうの赤いのも二本くらい入れておいてください。え、サービスでそれを? ありがとうございますおねーさん」
それでも、フェイトの知る幼馴染には、そのすべてがどうにもお気に入りらしいから。
「これくらいかな……うん、ラッピングお願いします。おんなのこが喜ぶような感じに」
くすくすと、悪意ではないけれどどうにもくすぐったい笑いがまた向けられて。店主と店員と彼以外の客に、冷やかしもだいぶ入っている気がする笑顔の応援を向けられて。
「ありがとうございましたっ!」
もうこの店には二度と来るまいと、いや、そうそう立ち寄るような種類の店でもないけれどそんな風に誓いながら。
逃げるように、店を出て道を小走りに急いで、
けれど、こんな恥なんて別に大したことがないだろうと自分に言い聞かせる。
これで彼女に笑顔が戻るなら、いくらでも道化になってやるさと半ばヤケのように思うことにする。
――そうだ、すべては彼女が大切だから。
ただ、それだけで。
かららん、涼やかなドアベルの音。そこにいるのは店員客層とも、やはり若い女性ばかり。
「いらっしゃいませー」
にこやかな、すでにかさばりまくっている彼の両手の大荷物できっと勝手にあれこれ気付かれたのだろう。
客だから、だけでなく。また先ほどと同じ視線が集中する。
「お、フェイト。どこ行って……また大荷物だなおい」
「うるさいクリフ。……ソフィアは?」
「部屋。……安心しろよマリアもネルもいねえからよ」
「別にそんな心配してないよ。こっちは人数分買ってあるし、女性の人数分」
「そりゃ何より」
宿に戻って真っ先に出迎えたのがムサい男だという事実に勝手にヘコみながら。フェイトが訊ねればからかいまじりの笑みが、――今日はこれで何人目だろうか。
ともあれ、言われた部屋に急ぐ。
かさばる荷物が、だんだん重くなってきた。
「……ソフィア? 開けてくれないか??」
「――フェイト……? 鍵、あいてるけど」
「無用心……いや、それは良いや。ごめん、今両手ふさがってるんだ」
「もう、仕方ないなあ」
ドアごしのやりとりはいつもどおり、昔のまま。変わってしまった周囲の中、たったそんなことがなぜだか嬉しい。
なんだかんだ言って、キィ、少しだけきしんだ音を立てながら、けれどすぐに開いたドアさえ嬉しい。
そこからのぞいた顔が、けれど何より、
「……どうしたの?」
「はいこれ。……ソフィアに買ってきたんだ。
あとは、ケーキとぬいぐるみ」
「え、でも……?」
「ショーウィンドウに飾ってあったの見てさ、これソフィアが喜ぶかなあって」
「……お花が?」
「いや、こっち……ぬいぐるみの方。
――入っても、良いかい?」
何気ないやりとり、差し出した、彼女の手にはあまるほどの――そんなつもりはなかったのに、それだけ大きくなってしまった花束。目を丸くして、困ったように――けれどはにかんだように微笑んでくれるひと。
大切な大切な、幼馴染。
「別にかまわないけど……本当に、どうしたの? 今日って何日だっけ、わたしの誕生日……??」
「違う……はずだけど。なんだか、思い立ったから」
「え?」
うっかりもらしそうになって、きょとんと振り返った顔にあははと誤魔化し笑いを浮かべる。わけが分からないと顔全体で主張する彼女に、気にしないでよとやっと自由になった手をぱたぱた振ってみる。
「あ、ついでにこれも。……買ってきたんだけどさ。あとでマリアたちと一緒に食べたらどうかな? 野郎には買ってないけど」
「それもどうかと思うけど……やだフェイト、本当に何?」
特大なねこぬいぐるみ、両手にあまるほどの花束、色とりどりの華やかなケーキ。
フェイトに思い付いたものなんて、たったそれっぽっちで。特に何もないのに、そんなモノをしかも一気に三つもプレゼントしたならソフィアがいぶかしがるのも当然で。
「……何企んでるの?」
「企んでなんかないよ! ええと、ほら……そうだ!!
毎日がんばっているソフィアへのごほうび。な?」
もう、宿の人にバケツ借りないと、なんてことをぶつくさ言いながらまだ花束を抱えているソフィアに。その花束の中から一本、彼女に印象がよく似ている、淡紅色でひらひら花びらの可憐な花を抜き取って。
花束を取り上げて、その一本をすっと差し出して。
ふわり、華やかに微笑んでください。
僕にとって、それが何よりの報酬だから。
「――……」
何かを言いたかったのに、結局何も言えなかった。仕方がないから苦笑のような笑みを向けて、ソフィアがただきょとんと、瞬いている。
「……フェイト……?」
――笑ってください、なんて。どれほど身勝手なワガママだろう。
「お気に召しましたか? 姫」
「だから、何の冗談?」
「冗談じゃなくて、僕は本気だよ。……ソフィアにプレゼントしたくなった、何か贈って喜んでもらいたかった、ただそれだけ。……ダメかい?」
「……だ、……ダメじゃ、ないけど……」
――なんだかだまされてる感じがする……。
ぶつくさつぶやく少女が、花束の代わりに一本差し出された花を、それでもなんとか受け取った。
素人目にも華奢で華やかなそれの香りを吸い込んで、
――あ、いいにおい。
そんな風につぶやいたソフィアの表情が。花のようにほころんでくれないかと。
フェイトがひっそり、息を呑んで待ちかまえる。
