何かを言いたかったのに、
言いたい言葉が、まるでまるで見当たらなかった。

―― Ohne Ruckhalt

特に何かの会話を交わした記憶はなかった。けれど現実に、彼女はパーティに付いてきて当然のようにその手には武器があって防具で身を固めていた。一度だけあらかさまに彼を射抜いた青髪の女参謀の視線に、しかし振り返る勇気のなかった彼は声を上げるタイミングを完全に見失って、
そしてつい先ほど、よせば良いのに戦闘に出た彼女は。結局何もできないままきゃーきゃー悲鳴を上げて逃げ惑って、戦闘の終わった現在はいろいろ疲れたらしく床にへたり込んでいる。

◇◆◇◆◇◆

――大丈夫かい?
小さく震える頼りない背中に、そう声をかけるのは難しくない。目線を合わせるようにしゃがみこんで、やさしく笑いかけながらそんなことを言えばいい。ほっとしたように、同時に決まり悪そうに。彼女はきっと笑みを口元に浮かべて、平気だよ、なんて応えるに決まっている。
平和の中に生きてきた少女だって、決して頭の回転が鈍いわけではない。同じように育ってきたフェイトが「この世界」にだいぶ馴染んで腕を上げたこと、周囲の「倒すべき敵」に対して自分がどれほど非力で役立たずか、こうしてパーティに付いてくることで本人も仲間たちも少なからず決まり悪い思いをする、……その他もろもろ、たぶん全部分かっている。
今フェイトがそんなことを考えていることも、どうやって彼女を気遣おうか考えあぐねていることも、全部全部分かっていて。
フェイト自身、そんな彼女を分かっているからなおかけるべき声もタイミングもなかなか見付けられなくて。

「ソフィア、」
「……ん、フェイト。ダメだねえ、思ったよりもわたし、何の役にも立てないみたい」
そろそろ休憩も終わり、というかそもそもそんなもの誰もが必要としなくて、ただパーティの新参者の彼女を誰もが気づかった結果今こうして空白の時間があったわけだけれど。
結局言うべき言葉が見当たらないままに、遠慮がちに声をかけたフェイトに。彼女の翡翠が笑みのかたちに細くなった。
「ダメ、じゃ、ないよ……」
目線を同じくするためにしゃがみこんで、ぼそりとつぶやいた彼に、ソフィアの口元が笑みを刻む。全然笑っていない笑顔が彼に向いて、彼女の全身が細かく震えている。
「怖いのなんか、当たり前だろ。生命のやりとりしてるんだから」
「変なフェイト、わたし、そんなこと言ってないよ?」
「分かるんだよ、僕はお前の幼馴染なんだから」
先を促すこともできずにぼそぼそつぶやけば、ちっとも笑っていない笑顔はなおいっそう深くなって。彼の頭の中からますます言葉が蒸発していってしまう。

◇◆◇◆◇◆

ムーンベースの避難場所で、待っていてくれれば良かった。
無理に付いてこなくても、むしろきっと付いてこない方が良かった。
そうすればこうやって、彼女が無力に傷付けられることも、
――違う。
きっと、同じ目線で自分が戦っているところを見られたくなんてなかった。

エゴだ。
吐き気さえする、醜いエゴだ。
――こんな姿、誰よりも。ソフィアには、見られたくなかったんだ。

目を逸らすこともできないから、ただソフィアに笑いかける。自分が果たして今笑うことができているのか分からないけれど、笑おうとしていることはきっと彼女に伝わるだろう。
……ああ、ここでも彼女に甘えている。
ちゃんと心配しているんだよ、なんてわざわざ彼女に伝えたがって、

戦い、なんていえば体面を取り繕うこともできるけれど、つまりは殺し合いだ。自分が生き残るために相手を殺す、ただそれだけでしかない。
幼馴染の少女をそんな世界に放り込みたくなくないのは事実だけれど、
すっかりその世界に馴染んだ自分を、まだ無垢な彼女に見られたくない、それも事実で。

◇◆◇◆◇◆

見下ろせばすっかり血にまみれた自分の手。少し視線を動かせば、わななきながら真新しい杖を握りしめる白くてやわらかなソフィアの手。
そのままゆっくり視線を上げたなら。
笑っていない、今にも泣きそうな、けれどやさしいソフィアの笑顔。

◇◆◇◆◇◆

――大丈夫かい?
――ごめんな、ありがとう。
――付いてくるななんて言わないから、後ろに隠れていれば良いよ。
――僕のときはすごく弱いモンスターが相手で、だからそれとは違うから。
――戦わなくても、隠れていてもふるえていても。誰もお前を責めないから、馬鹿になんてしないから。
――だからお願いだ、……お前には戦ってほしく、ないよ。

思い付くすべての言葉が、なんだか薄っぺらくて何だか説得力がなくて。ソフィアを心配しているのも元気付けたいのもなぐさめたいのも本当で、けれど同時に自分を守る言葉だと思ってしまうのも事実で。
自分の醜さを、まるで突きつけられているような気がして。事実そうで、むしろそれを望んでいて。

何かを言いたかったのに、
言いたい言葉が、まるでまるで見当たらなかった。
だからといってやさしく抱きしめるには、自分の手は血に汚れている。まだ無垢でいられる彼女に、この手は相応しくない。
それにひょっとしたらこの血に彼女がおびえるかもしれなくて、それはないと思いながらも思い付いてしまった「もしも」に彼の心は恐怖にがんじがらめになって。
彼女を気づかうすべてが、彼の利己的な想いに違いなくて。

大切な幼馴染、誰よりも大切な少女。
平和なところでただ花のように微笑んでいてもらいたい、きっと彼にとって幸せの象徴のようなソフィア。
見えないところでひどい目に遭っていないかやきもきするのもいやだけれど、同じパーティでこうして戦闘をくり返して、傷付く彼女なんて論外、彼女の手を血に染めるのも却下。
同時に自分の血にも敵の血にも染まる姿を見せたくもない。

◇◆◇◆◇◆

「……フェイト? そろそろ出発、」
「分かってるよ、マリア。……ソフィア、行けるか?」
――無理、と首を振ってほしい。
願うフェイトを知っていてそれでもしっかりうなずいて、
「大丈夫、……ごめんね? なるべく足手まといにならないようにがんばるから」
――マリアさんも、ごめんなさい。
謝って、立ち上がろうとするのに手を貸そうか悩むフェイトに手伝ってと手をのばしてくる。触れればどこまでもふんわりした白い手に、ああ、彼の手に付いていた血が、

「大丈夫だよ」

そうして微笑んだソフィアに。
フェイトの心は、

―― End ――
2006/06/06UP
フェイト×ソフィア
OFP
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Ohne Ruckhalt
[最終修正 - 2024/06/25-10:15]