頭の中が一気に真っ白に塗りつぶされるような。
たとえるならそんな閃光のような衝撃を、そう、きっとはじめて思い知った。
「フェイト、……手」
「ん?」
戦闘が終わって、今回はそんなにひどい傷も負わずにすんで。やれやれと剣を鞘に収めようとしたら、ふと硬い声に名前を呼ばれた。
声で誰かなんて分かっていたけれど、顔を向けたなら。声のとおりの硬い表情で幼馴染の少女が立っていて、まるで抱きしめるように杖を両手で握っているのは、まあ慣れていない死闘をまたしても目の当たりにしたためだろう。
――どうした、ソフィア?
だから、安心させるいつもの笑みでそう訊ねようとしたなら。それよりも早く、きりっとつり上がった眉でにらまれて、がしっと剣を握ったままの手が取られて。
「?」
「手、……怪我してる」
指摘されて、確かに。右手を染める赤はたった今までの敵の返り血だけではなくて、自分のものでもあった。
「もう、……なんで気付かないかなあ」
ぷくっとふくれた彼女がぶつぶつつぶやきながら手を動かして、大人しく包帯を巻かれるフェイトは黙って肩をすくませた。
確かに傷は傷、怪我は怪我だけれどごく軽いものだし、他に大きな怪我があるわけでもないから治癒の魔法はいらない。呪文を唱えようと息を吸った彼女にそう告げたことで、どうやら本格的に怒らせてしまったらしい。
「いや……確かに言われてみればこう、ぴりぴりした痛みはあるけどな?」
「だったらすぐに言えばいいのに。なんで何でもないよとかって言うの?」
純粋に心配してくれるソフィアに、指摘されるまでまるで気付かなかったフェイトはあははと笑った。痣にもならない打ち身とかささいな擦り傷なんて最近もはや日常茶飯事で、今回のこれはそれがほんの少しひどかっただけで。だから気にしなかったのだと、たぶん言ったならさらに怒られそうだから笑って誤魔化した。
むむっとやさしい顔を精一杯怒らせるソフィアに、どうしようかと笑顔で悩んでいたら。
薬と包帯で簡単な手当てをしていた少女が、終わったよと薬箱に手をかける。ありがとう、と礼を言いながらわきわき戻ってきた右手を確かめる彼に、残った薬をしまいこんだ彼女がどういたしましてとつんと応えて、ふとまじまじと彼の顔を見上げてくる。
「なんだよ?」
「フェイト……左手も、見せて?」
「こっちは別になんともないよ」
「いいから」
本当に、誓って強がりではなく何もないからそう言うのに、珍しくソフィアが食い下がった。何でもないならかまわないでしょうと言われて、ちらりと見ても残りメンバーはそれぞれまだ戦闘の後始末をしていて助けてくれそうにない。そうなると断るだけの理由がなくて、仕方がないので甲を上に左手を差し出したなら。
くるりとそれを返した彼女がなんだかまじまじと彼のてのひらを覗き込む。
「……ソフィア?」
「ううん……怪我は、確かにしてないね」
「おい、疑ってたのかよ」
「だってフェイトなんだもん」
どんな理由なのか唇をとがらせて、それで用が終わったかと思ったのにまだまじまじ見られて。無理に取り返そうにも両手でがっちりつかまれていればそれも叶わない、何でもない時に何でもない理由で幼馴染の彼女に乱暴な真似をするのは気が引ける。
どうしようもなくて引きつった顔を自覚しながら彼女のつむじを見下ろしていたなら。不意に、無邪気な顔が彼を見上げた。
「……な、なんだよ」
「フェイトの手、だねえ」
「は?」
意味が分からない。間抜けな声を上げたなら、彼女は――つい先ほどまでのふくれっ面を忘れたような笑顔になっていて、
「よく見てみても、やっぱりフェイトの手だね。何ていうのかな、わたしの手と全然違う」
「??」
「ほら、大きさも違うし」
ソフィアの手に促されてたてたてのひらに、つい今まで彼の手をつかまえていたソフィアの右手が重なった。
――ね?
どこまでも無邪気にソフィアが首を傾げるのに、そんなことにかまっていられなくなって。
――頭の中が一気に真っ白に塗りつぶされるような。
たとえるならそんな閃光のような衝撃を、そう、きっとはじめて思い知った。
ずっと見ていた、はずだ。触れたことも何度もある。たった今までだってソフィアに手当てされていたわけで、この手が自分の手に触れていた。
それより前、たとえばこの戦いに巻き込まれることになった日にだって。約束をすっぽかしてゲームに夢中だった穴埋めに、まるでおままごとみたいなデートをせがまれたあの時だって。特に何も考えることなく、手を、つないでいたはずだ。
こんなに小さくて白くて華奢でやわらかくて。ちょっとどこかにひっかけただけで簡単に皮膚の破れてしまいそうな、壊れものそのもののようなこの手を。
そう、何度も何度もこの手に触れたはずなのに、この手に触れられたはずなのに。
――それなのに、それなのに。
「見ていたはずなのにね? 小さいときはおんなじ手だったのに、ずっと見ていたのに、なんでだろう、今気付いたんだ。フェイトの手、……わたしとぜんぜん違うね」
――ずっとずっと一緒に育って、触れて握って確かめてきたのに。
――どうして今、それを思い知ったのか。
――それも、こんなにも。
「大きいし、タコがあるのは最近剣を握ってるからかな。すごいね、うん……男の人の手だね」
――少し力の加減を間違えたなら握りつぶしてしまいそうな。
――こんな女の人の手を、ソフィアはしていたのか。
「あのね、ネルさんの手って大きくてしっかりしていて綺麗なんだよ。マリアさんの手は、そのまま広告にも出れるくらい――ううん、あのひとは身体のどことっても綺麗だけど。
でも、違うけどやっぱり全然違うね。フェイトの手だ」
きっとそんなに深い意味もないに決まっている、単純に気付いて知って驚いているだけだ。
分かっているのに、そんなソフィアの手は。――ああ、こうして気付いてしまえば、ただそれだけでソフィアそのものだった。
――こんなに小さくやわなくせに、護り癒すだけの力をちゃんと秘めている。
「……うん、ありがとう。満足した。……みんなももう出発できるかな?」
小脇に薬箱を抱えて身をひるがえしかけた彼女を、そしてフェイトの手がつかまえた。何? と先ほどの逆に訊ねてくる幼馴染に。
彼の頭は、
――閃光に塗りつぶされたまま、だったのかもしれない。
