ふっと目が醒めた。
静かに起き上がって周囲を見渡して、マリアはそっと立ち上がる。

―― Huter

ひょおおぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉ、
低くうなり声のように腹に響く低い音。荒れた大地を渡る風の音にまぎれるように、じゃり、砂を踏む小さな足音。音にまぎれたはずなのにとてもかすかな音に思ったのに、それでも音を聞きつけたのだろう、金髪が揺れた。
ゆっくりと顔が向く。深い笑みが浮かぶ。
「……どうした、マリア? 眠れねえのか??」
「…………うん」
普段なら「なんでもないわよ」とでも言って強がったはずなのに。マリアは幼い子供のようにこくりと素直にうなずくと、ずり落ちかけた毛布とつかんで止めた。というよりその流れでマントのように肩を覆っていた毛布をきゅっと握り締めた。
それを見たクリフが小さく笑って、すぐ脇の地面を払う。細かい埃が小石が、岩陰のここにも吹き込んだ風でふわりと舞って、すぐに落ち着く。
ぽんぽん、そこをたたく手にもう一度マリアがうなずいて、ゆっくりと腰を下ろした。かくり、左のこめかみあたりをクリフの肩――には届かずに二の腕あたりにあずける。
「珍しいな」
「……うん」
クリフのつぶやきにささやきが答えて、もぞり、かき合わせた毛布にマリアが細いあごをうずめる。クリフの青い目が細くなる。

惑星ストリーム、夜。
不毛の大地を風が渡って、風に巻かれた小石がからりと崩れる。風のうなる音とからからと乾いた音、天の御使いを名乗るモノたちは音を立てなくて、おかげでこの地には無機質な音しかない。
今も、――それはきっとずっと昔から。

◇◆◇◆◇◆

シャトルから降り立って丸一日、一行は適当な岩陰を見つけてわずかな休息をとっていた。交代で見張りを立ててそれ以外の者は休んでいた。
休めるうちに休んでおかないと、この先どう事態が展開するのか、予測できる人間は――多分今この世界中どこを探してもいない。
そうして休んでいながら。
けれど――少なくともマリアは、なかなか眠りに就くことができなかった。戦闘の連続で神経が高ぶっているせいもあるだろう。急展開ばかりの事態に頭が混乱しているせいもあるだろう。
それ以上に、
ムーンベースの研究所で知った「真実」がいまだに消化できていないせいでもあることは――誰よりもマリア自身がよく分かっていた。

◇◆◇◆◇◆

「夢を、見たの」
やがてぽつりと上がる声。毛布にくぐもった声は儚くて、風に溶けてしまいそうで。自分のか細い声に昏い笑いがこみ上げて、マリアは虚ろな翠を少しだけ細くする。
なかなか眠れなくて、身体は疲れきっているのに眠れなくて、やっとうとうとしたと思ったら見てしまった夢。
不安が見せたものだと、マリアの理性は静かに告げる。
未来視の能力はマリアにないし、事態の予測はまったくできない。その夢のとおりに――それに近い展開に転がる可能性はゼロではないけれど、それはあくまで「無限にある未来予測」のひとつでしかない。それ以外になる可能性のほうがずっとずっとずっと大きい。
大きい、けれど、
「みんながいなくなって、ひとりぼっちになる夢。ああ、またひとりになったんだって分かって、
――でも、怖くなかったし、淋しくなかったわ」
預けた頭にさらに体重を乗せる。さらさらと青い髪が流れる、ゆっくりと目を伏せる。
「淋しくない自分に気が付いて、その瞬間、目が醒めて。
何も思わなかった私が――怖かった」
マリアの口元が自嘲にゆがんだ。クリフは何も言わない。
「私がいれば、この能力を持つ人間がいれば。三種類の能力さえ揃っていたなら。あとはどうでもいいと思ったの。夢の中の私は、そう思ったわ。
――私、そんなこと思ったことないのよ。でも、夢の中の私は、」
今も、
――今も、ああ、「そのとき」の自分はそう思ってしまうかもしれない、と。

思った自分が怖くて、情けなくて、恐ろしくて。
泣きたいわけではない、当然眠いわけでもない。それでも瞬きをくりかえすマリアの頭に、包むように大きな手が降ってきた。
クリフが大きな手で、ぽんぽんとたたくように慰めるようにマリアの頭を軽く包む。まるで子供に対するようなそれに、しかしマリアに怒りは湧かない。
かわりに――なぜだろう、急激に眠くなる。
「難しいことは考えるな」
声が、笑っている。
「余計な気を回すな、自分を見失うな。
――お前は「いい子」だ、オレが保障してやるから。だから今は寝とけ。何も考えずに、眠っとけ」
穏やかな声はまるで呪文のように。
マリアの、ささくれ立った神経がやさしく包まれて深いところに沈んでいく。荒れ放題だった心に、少しずつ水気が潤いが戻っていく。
「オレが、見ててやるから。だから今は寝ろ。何も考えるな。
……なあ、マリア?」
「…………うん」
暖かい手、大きな気配。身体だけではなくて、マリアを包むような。クリフ自身だけではなくて、周囲の人間まで支えるような。それを「ついで」と言い切ることができるような。

マリアの意識が、先ほどはあれほど難しかった「眠り」に簡単に落ちていく。
大きな手は変わらず頭を軽くたたくように、時々髪をひとふさつまんで遊ぶように、

――絶対の信頼に、マリアの心がほどけていく。

◇◆◇◆◇◆

「寝ろ、寝てろ。お前は、お前らはこの先の世界の主役だから、それは代わってやれねえから。だから今は、お前の寝る場所くらいは守ってやるから」
「…………」
遠く、深い声。暖かい大きな手。
返事をするつもりで、うなずくつもりで。かすかに動かした口から音は何も出なくて。

クリフにもたれたまま、安心しきってマリアは。
呆気なく、眠りの海に沈んでいく。

ひょうぅ、
またひとつ風が吹いた。
今のマリアにそれは、優しい子守唄のように聞こえる。

―― End ――
2005/06/22UP
クリフ+マリア
OFP
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Huter
[最終修正 - 2024/06/25-10:40]