「そうだなあ、それじゃあ、」
鮮やかな夕日に、野太い笑みが広がった。
「……それじゃあ、ここはお前の特等席な。もういらないってお前が言うまで、ずっとずっとお前専用にしてやるよ」
いつもは「きん」の髪が、夕日で「あかがね」に染まって。鮮やかな青い瞳は、名前の知らない深い複雑な色に染まって。けれどその笑みだけはまるで全然変わらなくて。

―― Er ist ihrer Trage.

「マリアー?」
名前を呼ばれた。知っている声だった、きっと今一番待ち望んでいた声だった。
だから埋めていた膝から顔をあげて、ゆっくり立ち上がって満面の笑みを浮かべて声の元に駆け寄ろうとして、
「マリアー」
けれどまた聞こえてきた声は、声の主はマリアが会いたがっていた人のものではなくて。聞き間違えたのだと分かったとたん、期待した分淋しくて悔しくて。再び膝に顔を埋めた。
哀しかった。思い出の中の、もう思い出の中にしかいないあの人の声を間違えてしまった自分が。
悔しかった。思い出の中にいる、思い出の中にだったらいつだっている、あの人と一緒に笑っている自分が。
取り残されてしまったことが。
なんでもないところでそれを思い出して実感して勝手に悔しがって勝手に絶望している自分が、
馬鹿みたいで、淋しくて哀しくて悔しくて、

◇◆◇◆◇◆

「あの日」を境にマリアの世界は変わった。狭い脱出ポッドの中で他にすることもなくて、パニックは嫌でも落ち着いて。だから、元から頭の良かったマリアは実感せざるをえなかった。
――世界は終わってしまったのだと。
――もう、元には戻ってくれないのだと。
――大切な、マリアの大切な人たちはもうすっかりこの世界からいなくなってしまって、
――自分だけが取り残されて、
――「マリアの世界」は失われて、もうどうやってもマリアの手には戻らなくて、
――これからは、この精彩を欠いたこの世界で。
――生きていかなければ、ならないのだと。

分かっている。だから分かっていない自分に言い聞かせる。
ここはクラウストロで、これからここで生きていくのだと。マリアを拾ってくれたクリフたちは、最初はマリアを親元に戻そうと、その親がいないことを知ってからはそれでも元の生活に近い場所にマリアを戻そうと、いろいろ苦労してくれたけれど。
だから、マリアのために駆けずり回ってくれるクリフをつかまえて、マリアは言ったのだ。
――クリフたちについていきたい。

本当は、どこでも良かった。
誰についていってもかまわなかった。
自分ひとりだけで生きていくことなんかできないと分かっていたから、クリフたちを頼った。自力で生活できるようになるまで守ってほしい、と。頼み込んだ。
――今思えば、ずいぶん大胆なことをしたと思う。
クリフはクォークのリーダーで、詳しいことは知らないけれどクォークは銀河連邦の敵、らしい。クリフがそう言った。まだまだ組織として小さいし力もないから、連邦からは危険視されてないけどな、と笑って、でもすぐに怖い顔になって、今まで味方だった人たち敵に回すぞ、オレらについて来るってことはそういうことだぞ、と言った。近所のおばさんをオレが殺すかもしれねえぞ、お前に殺せと言うかもしれねえぞ、オレらについてくるってことはそういうことだぞ、と。
そして、
――本当は、殴り合いの喧嘩でどうにかしてえんだけどよ、と小さい声で続けた。
それがいいわけみたいに聞こえて、人を、近所のおばさんを殺すのかもしれないこの人はけれどやはり優しい人だと思った。
だから、この人についていこうと思った。他の人でも良かったけれど、この人が良いと思った。本当にマリアの知り合いと敵対しても、この人だったらそれを知ったら苦しむのだと思ったら、なんだか、なぜだろう――嬉しくなったから。

本当は、どこにいっても良かった。
きっとその場で殺されていても、かまわなかったのだと思う。
生きろ、と言われたから生きているけれど。
マリアに生きなければと思わせる人は、もうこの世にいないから。

◇◆◇◆◇◆

「……マリア、……お、やっと見つけたぜ」
声が近くなって、西陽がかげって逆行になった顔が笑顔でのぞき込んできて。
「ほれ、帰るぞ。このへん女の子が暗くなってうろついてて平気なほど平和じゃねえんだからよ」
ひょい、のばされた手が、大きな手が髪をくしゃくしゃにする。
「道にでも迷ったか?」
「違う」
ここに来て三日でめぼしい道は覚えた。方向感覚も鈍い方ではないから、家の方角は分かる。どの道を通れば最短距離で着くかも分かる。
髪を直しながらふくれてみせれば、わりいわりいとクリフが笑って、
「じゃあ、ホームシックってやつか。……だから言ったろ? 今ならまだもど、」
「そんなんじゃないっ」
どこに行ったって、もう親はいないのだ。本当の親じゃないと言われた実感はわかなくて、だから今もマリアの親はあの人たちだけで。どこに行っても会えないと思えば常にホームシックだし、だからどこに帰るアテもない。
激しく首を振るマリアに、そうか、と小さくつぶやいて。悪かった、まあとにかく帰ろうぜと大きな手を差し出して、けれどマリアは動かなくて、
「どした? 帰りたくねえか??」
「……違う、けど」
きっと迷子になるよりも恥ずかしいそれをクリフは多分一瞬でかぎ分けて、
「しゃあねえなあ」
太陽みたいな笑みを浮かべて、

◇◆◇◆◇◆

クラウストロは重力が地球とは違うから。少し散歩に出たつもりが思った以上に体力を消耗していて、動けなくなった、自力で帰ることができなくなったマリアは今クリフの背に負われている。
「クリフ、」
「ん? 謝るなよー。地球人なら絶対一回はやってるぜ、だからあやまんな」
「……じ、じゃあ、重く、ない?」
「お前、これで重いってないだろおい。もちっと食え、肉付けろ。前から思ってたけど、お前細すぎだ」
ゆっくりゆっくり、移動する景色が。ああ、マリアの脳裏にどれだけ昔のことかも分からない、父親に背負われて同じように帰路についたときの記憶と重なって、
「クリフ……」
「あのな、お前いろいろ気にしすぎだ。言っとくけどな、オレぁ嫌だと思ったらどんな簡単なことだってしねえぜ。やりたいと思ったら、どんな面倒なことにだって首突っ込むけどな」
「……なんで、なんで私の言いたいこと分かるの?」
懐かしい記憶、懐かしい風景が。もう泣かないと決めた涙腺をゆるめて、しかいがどんどんうるんでいく。何が哀しいのか、何を泣きたいのかも分からないのに涙だけがこぼれる。泣いていることに気付かれたくないのに、クリフは気付いていると思う。気付かれたくないと思っていることにも気付いていて、だから何も言わないのだと思う。

――ねえ、クリフ。
――私、本当にクリフたちといても良いの?
言葉にならない問いが、涙と一緒にこぼれ落ちる。

「そうだなあ、それじゃあ、」
鮮やかな夕日に、野太い笑みが広がった。
「……それじゃあ、ここはお前の特等席な。もういらないってお前が言うまで、ずっとずっとお前専用にしてやるよ」
いつもは「きん」の髪が、夕日で「あかがね」に染まって。鮮やかな青い瞳は、名前の知らない深い複雑な色に染まって。けれどその笑みだけはまるで全然変わらなくて。
クリフの広い背中に背負われているマリアは、そのすべてに目が回る。分かっていないふりをして本当は全部全部分かっているクリフにめまいを覚える。
濃いでもない、愛でもない。ただ「好き」だと思った。
終わったマリアの世界を詮索しないで、じゃあこの世界はどうだと豪快に笑うクリフは太陽みたいだと思った。
「ここ……クリフの背中?」
「おう、疲れたならいつでも背負ってやるぜ。オレに任せときゃ万事オッケーだ」

色あせたマリアの世界に光を灯して。
クリフとマリアは夕日の中を行く。

――それは近くて遠い日にかわした、たったひとつの懐かしい約束。

―― End ――
2005/08/14UP
クリフ+マリア
OFP
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Er ist ihrer Trage.
[最終修正 - 2024/06/25-10:40]