そんな顔をしないでほしい。
いつもみたいに笑い飛ばしてほしいのに。

―― Bejammernswert

大きく振りかぶったモンスターの、そこらの刃物に負けない鋭い爪が。防御より回避を選んだクリフの、しかし最後に地に残った右足をかすめた。ぞくんと走る熱、灼熱の赤。けれどクリフはそれに怯むことなく、着地と同時に怪我を無視してまた地を蹴った。
踏み込みの勢いをプラスしての、重い重い一撃。
下手をしたら自分と同じくらいの重さのあるそのモンスターを、こぶしが勢い吹き飛ばした。
さらに追撃しようとしたところで、背後からのレーザー銃の一撃が、そのモンスターに白く突き刺さる。

◇◆◇◆◇◆

「……ま、こんなところかしらね」
養女のつぶやきを聞きながら、クリフはその場にどかりと胡坐をかいた。アイテム袋を引き寄せて、適当に手に付いた酒瓶を取り出す。
「何? 精神攻撃でも、」
そんな彼に気付いてマリアが振り向いて、その手に握られた酒瓶の銘柄は久保田、けれど彼の顔が向いているほうに目を移すと盛大に眉を寄せた。
「手ひどくやられたじゃない」
「まったくだ」
赤毛の女隠密ならちょうど施文があるあたり、ふともものかなり上部から。縦に一筋、真っ赤な筋ができている。見る間ににじんだ血でその筋は太くなっていて、血とズボンで見えないけれど、その下にある傷の程度は流れるその地で分かろうと言うものだ。
仏頂面で何か言いかけた彼女をひょいと上げた手で封じて。
無造作に酒の封を切ると、クリフはとりあえず数口呑んだ。それからさらに酒を口に含むと、それを傷口に吹きかける。
背骨を伝う溶岩に、さすがに口元が引きつる。
「……何してるのよ」
「あ? ああ、消毒だよ消毒。知ってるかマリア、こうしておいてだな、」
「馬鹿なことしてるんじゃないわよ、他にどうしようもないならともかく、そうじゃないでしょう。
ソフィア! この馬鹿癒してやってちょうだい!!」
「馬鹿とはなんだよ馬鹿とは」
「事実じゃない」
かわいげのない言い方をする養女が、しかしその身体がかすかに震えているような気がして。ああ、保護者失格だな。怯えさせちまうとは。心配をかけまくっちまうとは。
反省の言葉がクリフの脳裏をぐるぐるする。

◇◆◇◆◇◆

顎よりも大きく口を開いたモンスターが、信じられない速さでマリアに突っ込んできた。中、遠距離を得意とする彼女なので、今日も仲間たちとは少し離れた場所から援護をしようとして。けれどそうやって突っ込んでこられると、悠長にそんなことを言ってもいられない。
逃げようとして、数回バックステップを踏んで。
けれどろくに距離を稼ぐこともできないまま、モンスターはあっという間に彼女の元にたどり着いた。ほぼ反射的に銃をかまえたその腕に、何のためらいもなく噛み付く。
そのまま顎の力で彼女の細い腕を噛み千切ろうと、――
「…………ぁ……っ!!」
腕を襲う熱に脳裏が目の前が真っ白になって、けれど彼女はもう何も考えられないまま、ただゼロ距離から引き金を引いた。狙うとか外すとか、考えることではない。心配することといえばあまりに近い距離、銃の威力で彼女自身がとばっちりの怪我をしないか、ということだけ。
ともあれそんなことは当然考える余裕もなくて、喰い千切られそうになった腕は間一髪、光を生んだ銃で助かった。動きや痛みではなく、恐怖で。乱れた息を懸命に飲み込む彼女の目の前に、頭部が吹っ飛んだモンスターの死骸。
「……は、」
吐いた息はやはりまだ恐怖に引きつっている。マリアは静かに目を閉じる。

◇◆◇◆◇◆

「データだろうがなんだろうが、流れる血は赤いのよね」
なんだかんだで切り抜けて、適当な岩に背をあずけて。傷口がどうなっているのかずっと見る勇気が出なくて、けれど握り締めた銃の感覚はあるからと、やがてマリアはようやく腹をくくった。
なんてことはない、おそるおそる目を向ければ。
二の腕あたりを真っ赤に染めて、しかし指は普通に動く。血のにじむそこ以外、多少指先はつめたいものの、普通に思うように動く。
「やれやれ、だわ」
一度見てしまえば大したこともないと思って、今度は安堵の息を吐いた。そんなマリアにゆっくり歩いてくる人影がひとつ。自分の怪我はもう処置し終わったらしく、暇だからとかそんな理由でやってきた養父。
のんびりまったりしていたその顔が、しかしマリアの二の腕を見た瞬間、
「……大丈夫か!?」
いきなりの怒鳴り声。怒鳴り声のような、詰問。長い脚を投げるように駆けてくると、けれどマリアに触れられないように、ただおろおろした顔で、
「あ、……お。おい、大丈夫か? 血が……」
「前の戦闘でクリフが負った怪我と比べれば大したこともないでしょう。落ち着きなさいよ、みっともないわね」

前回クリフが太腿に負ったのは、癒した少女いわく、普通なら激痛で起きていられない、よく大丈夫でしたね。――という呆れがたぶんに混ざった感嘆の言葉。もう一歩間違えたらふとももの大動脈傷付いていましたよ、というさらに追い討ち。
――間近でうっかり見てしまったそれと比べるなら、マリアの負った怪我はどうということもないと思う。考えるより先の決断のおかげで、牙はぎりぎり深くにまで突き刺さらなかった。命中の際のあれこれで、むしろ砕けた牙やら頭蓋骨やらが至近距離の腕を傷つけた方が大きいかもしれない。
とりあえず、血だってそんなに出てはいない。

◇◆◇◆◇◆

だから、そんなクリフと比べれば大したことないわよ、と言うマリアに。自力でアルコール消毒までやっていたサバイバーな養父は、けれどただおろおろしてマリアの言葉をまるで聞いている様子がなかった。
まるで自分が怪我をしたように、大量の血を失ったように。すっかり血の気の失せた青い顔で、よく分からない言葉をうわごとのようにこぼしては、髪の毛をかきむしったりそこいらをうろうろしたり。
この違いは、このザマはなんだ。

「大したことじゃないって言ってるじゃない!! 気が利かないわね、ソフィアかネル呼んで来てよ! 私癒しの術使えないんだから!!」
「だからってお前、痛くはないのかよ?」
「痛いわよ、血が出ていれば当然でしょ。だから早く癒しの術の使えるどっちかを連れて来いって言ってるのよ!!」

◇◆◇◆◇◆

そんな顔をしないでほしい。
いつもみたいに笑い飛ばしてほしいのに。
……そんな、悲痛な顔で。
混乱してなんか、ほしくないのに。

「ほら、ささっと動いて! ……つぅ、」
怒鳴ったらそれが傷に響いて。
マリアはきゅっと眉を寄せた。
痛みをかみ殺す養女に、クリフのパニクりは収まるどころか、さらに大きくなってしまったような気がする。

―― End ――
2005/12/27UP
クリフ+マリア
OFP
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Bejammernswert
[最終修正 - 2024/06/25-10:41]