あでやかに、鮮やかに微笑む養女に。
彼はにやりと頬を緩めた。
――りふ、
呼ばれた気がして、彼は眉を寄せた。そうして、どうやら自分は気を失ったような状態の自分に気が付いて、驚いた。
実のところ、よほど気の置けない相手のそばにいない限り彼の眠りはとても浅い。若いころの無茶が祟って、いつの間にかそんな習性が身に付いてしまった。
少しの物音を気配の移動を、むしろ寝ている状態の方が周囲を探っていて。一度でも何かを捕えたら、ずっとそれを追ってしまう。気配を追うことのできるある程度の範囲からそれがいなくならない限り、意識が勝手に追ってしまう。
なまじ体力があるほうなのがいけないのかもしれない。そんな状態でも体力には大して影響が出なくて、だからいつまで経っても平気なのがいけないのかもしれない。
――いい加減にしなさいよ!
養女に怒られたのはいつだったか、何回怒られたか。
――まったくもう、睡眠薬さえ効かないってどういうことよ!?
鋭い翠がじっと彼を射て、何回どのくらい居心地の悪い思いをしただろう。
「クリフ! 起きなさい!!」
「っ、……!?」
耳元で、ではなかったけれど。それなりの至近距離でそれなりに強い声が聞こえて。
クリフははっと目を醒ました。
目を醒ました瞬間横になっている自分を自覚するよりも前に、きっと反射的にだろう、動きかけた身体を。細い腕が邪魔をして、目を向ければおとなしくしろと口元に指が立っている。
「…………?」
状況が飲み込めなくて目を白黒させていると、中途半端に起きかけていた身体を再び細い腕が地面に寝かせた。
地面……?
……と、すると……??
ひたすら周囲をうかがう養女を真似て気配を読んでみれば、
これは……。
「囲まれてるな。しかも簡単にゃ突破できそうにねえ」
「当たり。多分最初から計算されて、どうやら罠に誘い込まれたみたいね。フェイトたちと合流する前に、まずはこれをどうにかしなきゃいけないけど」
飛び起きようとした先ほどとは違って、今度はゆっくり起き上がれば。養女は邪魔をしなかった。ちらりと一瞬目を向けて、あとは警戒を続ける。
「……マリア、手短に説明してくれ。何がどうなっている?」
がりがりと頭を掻けば、入り込んだ砂がばさばさ落ちた。よく見ればところどころ、血のかたまったようなものも混じっている。前後の記憶が曖昧で、ついでになにやら頭が痛いのは何か攻撃を食らったから、らしい。
舌打ちをした彼に翠が一瞬戻ってきて、思った次の瞬間にはまた離れていて。目は戻らないまま、周囲を警戒するままささやくように、
――ここはストリームよ。
――夜営の準備でわたしとクリフが周囲の警戒に出たんだけど。
――うまいところ引っかけられたみたいで、気が付いたらすでに囲まれていたわ。
――で、クリフが頭に一撃喰らって気を失って。
――物陰に隠れてそれでそれ以上の攻撃は避けているけど。
――幸いアイテムいくつか持っていたから、こうしてクリフも回復させたけど。
誰に似たのか、いつでも冷静沈着な彼女は無謀な戦いをしない。周囲を自分を自分たちの戦力を冷静に把握、計算して、確実に勝つ方法を模索する。それは時には及び腰にもなって、勝てる戦いを長引かせることにもなるけれど。
けれど今、こういった状況ではその報告はきっと何より正しいから。
「勝機は?」
「今の状況だと、正面から出たらまず確実にこっちが先に力尽きるわね。小細工するにもそれだけの材料がないし。
フェイトたちのいる方向は分かっているから、そちらへなんとか誘導するとか。
……もう少し入口の狭い、上空からも飛んでこれないような場所をなんとか見つけたいわ。一体ずつ各個撃破なら、少なくとも勝てないわけじゃないし」
「真正面から出て、騒いでいる内にあいつらが気付くんじゃねえのか?」
「だから、それやろうにも相手がわの戦力が圧倒的なのよ。こっちは二人で、向こうは多数。手持ちのアイテムも限りがある。助けが来る前に、敵の方の数が増える可能性も高いし。
……前から思っていたけど、クリフって精神攻撃に弱いのよね。あっという間に戦闘不能になられると、私の荷物が重くなるだけなんだけど」
「きっついこと言うじゃねえか……」
「だって事実じゃない」
肩をすくめた彼女の目がかげって、浮かんでいた笑みがふっと消えた。何ごとかと瞬けば、たぶん意味もなく細い指が長い髪の毛先をいじって、
「焦ったわよ。どうしようか、頭が一瞬真っ白になったわ。
一撃で倒れてんじゃないわよ。
……心配、したじゃない」
誰よりも自立した養女の、けれど子どもめいたワガママな愚痴。本人も多分全部分かっていて、情けなさそうに、困ったように笑う。
じんわりと浮かんだ感情に思わず彼女の髪をかき混ぜていて、クリフはにっと頬を横に引いていて。
「悪ぃ、次からは生き残るようにする」
「まったくよ」
「で、だ。気付いたんだけどよ。
この爆弾俺が投げて、お前が狙撃するってどうだ? うまいこと爆発してくれりゃ、キレイな花火ってことであいつらへの合図にもなると思うんだが」
「……次の隠れる場所見つけておくべきね。そんな目立つことしたら、あっという間に敵が集中するだろうから」
「じゃ、それで行くか。
隠れ場所ねえ……こそこそしたのは好きじゃねえんだがな。と、あ、おい、あそこなんかどうだ?」
「移動経路……岩陰沿いに行けばなんとか……?」
打てば響く頭の回転が速い養女に、クリフはまたひとつ苦笑して。なにごとかと目線を上げる彼女に、ただ自信たっぷりに笑いかけてやって。
「まずは無事生き残るところからだな」
「当たり前じゃない、死んだら承知しないわよ」
「へいへい、仰せのままに」
彼にあでやかに、鮮やかに微笑む養女に。
先ほどの目をまるで髣髴させないその強い笑みに。
彼もまた、改めてにやりと頬を緩めた。
そして即席の計画を実行に移すべく、二人は揃って腰を上げる。
