腕の中にやわらかいものが飛び込んできた。
――これはそのうち彼の宝になるのだと、漠然とそんなことを考えた自分がおかしいと思った。
しばらく前、子どもを拾った。宇宙にあてもなく漂っていた救助ポッドを拾ったら、中にいたのは子どもだった。
衰弱はしていたけれど、幸い、生命に影響はなくて。
そこそこ元気になってから、元気になる間に。遠まわしに訊ねてみたところ、どうやら救助ポッドに乗らなければならなくなったそのいきさつで、親を亡くしたらしくて。
なりゆき上、しばらく面倒を見ることになった。
「……クリフ、休むなら部屋でどうぞ」
「っ、と……いやあのな、ミラージュ。まだオレは大丈夫だ、今はちょっとばかしその、考えごとをだな」
「考えごとでしたら自室でもできるでしょう?
何日ブリッジにつめていると思っているんですか。幸い、クリフのおかげでここのヤマは乗り切りましたし、しばらくは特に航路に問題ありません。休めるうちに休んで、体力を回復させてください」
にっこりと微笑む相棒は、いつになくいつも以上にひどく美しかった。その美しさの分、妙なほどの威圧感があった。
言われてみればそのとおり、ここ三日ほどブリッジに詰めて、仮眠はなんとか取っていたもののロクにまともに休んでいなかったクリフには圧倒的に部が悪い。今も、気が抜けた瞬間睡魔に襲われて数分間の記憶をなくしていて。
それでもしばらく笑顔に対抗していた彼は、音もなく一歩近付いた相棒に、結局はたったそれだけで白旗を上げた。
追い立てられる感じに大きな身体をすくめて、そそくさと席を立つ。援護を期待してみるものの、クルーたちはみんなして、ゆっくり休んでくださいねなどと薄情な言葉を投げかけてくる。
「おつかれさまでした、クリフ。何かあったら呼びますから。
……ああ、そういえば」
「あん?」
ブリッジを出る直前、ふと上がった声に何気なく振り返れば。美しい相棒が、いつもの底が読めない微笑を浮かべて静かに彼を見上げていて。
「あの娘、ひょっとしたらあなたを訪ねに行くかもしれません。無理しろとは言いませんけど、余裕があったら話を聞いてあげてくださいね」
「……?」
それ以上の説明がなくて、首を傾げる彼に。大きな図体で入口に立たれると邪魔ですよ、となかなかに容赦ない言葉が降ってきた。
間違いなく追い出されて、のっそり歩きはじめるとなんだかあくびが出てくる。
クリフはとりあえず、金髪を適当にかきまぜてみる。
しばらく前、子どもを拾った。扱いが分からないので逃げていて、実のところ、クリフはその娘と数えるほどしか顔を合わせていない。
救助した、その時と。なんとか全快した時に、何かあったらなんでも力になるぜと安請け合いした、そのくらいしか言葉を交わしていない。
――その娘が、クリフに一体何の用だろうか……?
相棒の口ぶりからすれば、それは起きる確率の方が高い「ひょっとしたら」だろう。けれどその心当たりがなくて、ただ首をかしげて。
そうこうしているうちに、彼は自室にたどり着いた。
一応周囲を探ってみたけれど、周囲に人の気配はなかった。
頭をひねりながら、とりあえずシャワーを浴びて。浴び終わったころには眠気も手伝って訪問者の可能性をすっかり忘れていた。
タオルで濡れた髪をわしわしやりながらシャワーブースから出て、まるでそのときを狙っていたようなインターホンの音に瞬いてみる。回りくどいことはするなと公言しているため、今のクルーの中にクリフの部屋のインターホンを鳴らす人間なんていないはずなのに。
「……?」
――一体なんだ?
貫徹続きの頭はロクに考えることもできない。首をひねりながら入口へ足を向ける。
「……お」
「あの……、ミラージュ……に、艦長はここにいるってきいて、」
――ほんの数分前に、そういえば相棒が言っていたっけ。
時間を経るごとになんだか眠気が脳に回って、そんな頭でぼんやりと。クリフは思った。
何気なく見下ろせば、青い髪につむじが見える。
「あー……と、」
ほそっこい身体は、衰弱から回復したとはいってもクリフの目にまるで脆くて。大きな瞳は澄んでまっすぐ彼を見上げていて、きゅっと閉じられた唇は何かを決意しているのだろうか。――真面目な話を、しにきたのだろうか。
……けれど、
「……悪いな、ここしばらく寝てなくてよ。何言われても、今は覚えてられる自信がねえんだ」
「……ミラージュさ、……ミラージュも、そう言ってたけど」
「ん。――で、たぶん一寝入りして起きたあとってのもそこそこ忙しいっぽいんだよ。ま、小惑星ごろごろの危険宙域、近道だからって突っ切ろうと決めたのはオレなんだが」
「……それも、聞いた」
固い顔で確かに理解している風にうなずく娘は、ずいぶん利発そうに見える。全部分かっていて、それでも彼を訪ねてきたのは、つまりよっぽどのことなのかもしれない。
――そうなるとますます、この寝ぼけた頭で聞くわけにもいかないと思う。
「……そだな、起きたら聞くから三時間くらい待っててくれるか? この部屋好きにして良いし、適当な時間まで戻ってもかまわねえし、時間がきたら叩き起こしてくれりゃ良いし。……うっかり逃がすと、あとは自分でもどこにいるか自信ねえけど。
――何だったら一緒に寝るか? 未来の美人だったら大歓迎だぜ」
もちろん最後のは冗談で、そんなことを言ってみる。相棒あたりなら、馬鹿なこと言ってないでとっとと寝ろ、そう返すはずでそれが普通だと思ってそんな冗談を言ってみる。
彼女は、しかし。
怒りもせず笑いもせず、なんだかしばらく黙り込んで。
――次にクリフに向いた顔は、どこまでもまっすぐで真面目で真剣そうに、
「じゃあ、そうする」
「……へ……?」
もちろん何かするわけはない、それは絶対にありえない。何に誓ったっていいそれは確実に事実だけれど。
けれどその答えはまるで予想外で、クリフはただ唖然として目を丸くして。
その隙に、中途半端に開けたドアからするりと彼女が入り込んで、迷うことなく言葉どおりベッドに向かった。
そして振り返る。目が、どうしたの? と訊ねている。
……ええと……?
混乱する彼は促されるようにベッドに向かって、その時、
「――ありがとう?」
「……は……?」
「私を助けてくれて。――今も、私を一人前扱いしてくれて。
ちゃんとお礼を言いたくて、ここまで来たの。起きたらまた言うけど、お礼の言葉は何回言ってもいいでしょ?」
「え、あ……そうだな、まあ、」
そして、腕の中にやわらかいものが飛び込んできた。驚いて目線を合わせれば、
――最近眠れなかったから、一緒に寝ようって言ってくれて嬉しい。
はにかむ笑顔がそこにあって。
――これはそのうち彼の宝になるのだと、漠然とそんなことを考えた自分がおかしいと思った。
思ったけれど腕は勝手に動いて、やわらかいものを軽くしっかり、抱きしめている。
その笑顔はもうすでに、彼の宝になりつつあるのかもしれなかった。
