こんなところで時間を喰っている暇なんてないのに。
こんなくだらないことで時間をつぶしている場合ではないのに。

―― Verzetteln

「……クリフ」
低い低い、地を這うような声――というかうめきに、青い目が明後日の方を向いた。そのままこちらに戻ってこない青に腹を立てて、マリアはばしんと手近なサイドテーブルに手を叩きつける。
びりっといっそしびれるような痛みと、そして下の方から抗議のうめき声が上がって。
怒り息を吐いた。

「いいわけは?」
「……ねえ、な……」
「言いたいことは」
「……それもねえよ」
「私に何か言うこと、ない?」
「……お前に、つーか……」
「ない??」
「…………ゴメンナサイ」
青筋を浮かべたマリアの、凶悪な笑みにつぶやくような謝罪の声。マリアと一緒に男部屋に殴りこんだ女性陣は、というかマリア以外の二人が驚きに顔を見合わせている。
いや、そんなことどうでも良くて。
「今日、朝、出発って、決めたわよね?」
「いや、だから悪かったって、」
「のんびりしていられないのも、分かっているのよね?? 世界の命運なんか背負う気ないけど、実質そんな感じよね。胸糞悪いFD界のやつらに対抗できるのは、今のところ銀河系内で私たち三人だけなんだし。それも三人がちゃんと揃わないと、一人二人じゃ意味がない」
「別に今さらおさらいは、」
「それが!」
もごもごとつぶやくクリフの言葉をばっさり遮ったマリアが、ずいと彼との距離を縮めた。一気に間近くなった養女の顔にクリフがわずかにのけぞって距離を取って、マリアの手はそんな彼の襟首をがしっとつかむ。
「何で今こんなことになってるのよ!? 陽はもうだいぶ高いのよ、約束破ってるのよ、ねえ、分かってる!!??」
怒鳴りながら半眼でがっくんがっくんその襟首を揺すれば、いやあの、だから謝ってるじゃねえか、つかはなしてくれよ頼むから、などとうめき声。うめき声といえば足元の方から、頼むもう少しボリューム落として、だの、しゃべるなクソ虫どもが、だのといった懇願も上がって。
ゆらりと持ち上がったマリアの脚が、だんっ、となかなか派手な音を立てながら床を打ち付けた。うめき声の主二人はもう何も言うことができずに、二人揃って耳をふさいでいる。
クリフは引きつった薄ら笑いなんてものを顔に貼り付けている。
「時間を無駄にする余裕なんて、ないのよ!!」
もはや絶叫。まあまあマリア、だの、落ち着いてくださいマリアさん、だのといった声が今は邪魔でしかない。
「何やってんのよ馬鹿クリフ!」
感情が高ぶりすぎて、泣く気もないのにうっすら涙が浮かんでくる。

◇◆◇◆◇◆

明朝出発する、と決めたのが昨夜の夕食前。精神力回復のためならいざ知らず、ただ酔うために呑む酒は冒険中はご法度。そうなれば最後の酒宴だとばかりにがんがん呑みはじめるクリフはいつものことで、釣られたわけではないけれどマリアだって二杯ほどアルコールを口にした。酒を呑んだ、そのものを責めるつもりはない。
けれどそうやって呑みはじめて、アルコールの好きなメンバーはぐいぐいやって、それぞれほろ酔い加減で夕食の席は解散して。マリアの、女性陣の方は部屋に戻ってから、そのまま素直に眠りに就いたけれど。だから今、こうして元気にクリフを責めているわけだけれど。
どうやら男性陣は、部屋に戻ってからも酒盛りを続けたらしい。

たぶんクリフが焚き付けたのだ、と根拠もなくマリアは決め付けた。自分が底なしだから無責任に面白がって、単純で負けず嫌いの二人を焚き付けたに決まっている。ノる方もノる方だけれど、焚き付ける方も焚き付ける方だ。

◇◆◇◆◇◆

こんなところで時間を喰っている暇なんてないのに。
こんなくだらないことで時間をつぶしている場合ではないのに。

酒盛り、呑み勝負をした結果二日酔いでマグロになって、身動き取れなくなるなんて。そこまで呑ませながら自分は平然と、一人ベッドでぐーすか寝ていたなんて。
アルコールに弱い人間ならそれだけで酔いそうなほど、この酒臭くてどんよりした空気の中、平気な顔をしているなんて。

――一体何を考えているのか。
――これで本当に自分よりも年上なのか、自分の養父なのか。

呆れの気持ちよりも腹が立って腹が立って腹が立って、マリアの柳眉がきりりとつりあがる。クリフの襟首をつかんだ手に、またいっそう力が入る。
「この、馬鹿……!!」

◇◆◇◆◇◆

結局。
解毒の呪文で症状が緩和できないかだとかクリエイターの調合メンバーに薬を作らせてみようかだとか民間療法であれこれ試してみたりだとか、したけれど。
マグロな二人の二日酔いはガンとして治らなくて。
出発は一日遅らせるしかなくて。
その遅らせた丸一日、マリアはずっとクリフに付きっ切りでひたすら呪詛にも似た説教という名の愚痴を披露した。大人として保護者として、逆切れするわけにも逃げ出すわけにもいかないクリフと。責任がなくもないとはいえ自分に向けられたわけでもないそれを、同じ部屋にいるからという理由だけで延々聞かされ続けた二日酔いでダウンの二人に。
ひっそりある種のトラウマが植え付けられたことは。
――ある意味パーティの恥部として、誰もが口をつぐんでいる。

ちなみに、こりたはずなのにこりないクリフは、同じことを数日後、またしでかした。

―― End ――
2006/04/19UP
クリフ+マリア
OFP
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Verzetteln
[最終修正 - 2024/06/25-10:41]