強がりのはずの笑顔が、強がりに見えなかった。
思った瞬間彼の心をいろいろな感情が占めて、
……ただかなわないな、と、吹き込む風のようにそんな想いが、
いろいろあった。
養女が必死になって探していたロキシ・ラインゴッド博士に、やっと会うことができたと思ったらロクに会話を交わす間もないまま彼は亡くなった。いまわの際の彼の言葉に、一行は彼の研究施設におもむいて、そして知りたくもなかった事実を背負い込んだ。
ここいらあたりで彼の脳みそはすべてを「なかったこと」にしたくなっていたけれど。当然そんな前はかなわないまま、さらに新しく「信じたくないこと」をいくつも仕入れる羽目になった。
かろん、溶けかけた氷がグラスの中でまろい響きを上げながら崩れていく。見るとはなしにそれを眺めながら、彼はまた一つ息を吐く。
――ついていけねえ。
心に頭に浮かぶそれをまとめて評するなら、それはそういう言葉になるだろう。いや、そんな明確な言葉にもしたくない、ただ酒でも呑んでいないとこのやりきれない想いをどうすることもできない。
思って、グラスに口をつけて――中身がないことにそこではじめて気が付いて、舌打ちではない重い息を吐きながらどぽどぽと濃い色の瓶の中身をグラスに注ぐ。
適当なところできり上げて、グラスを両手に包んだならくらりとする重く艶めかしいアルコール臭。
極上のはずのそれを、苦くてつらい薬のように一気にあおいで呑み下す。
彼にはどうにもすることができない。気が付けばサイは投げられたあとで、今さら後戻りすることもできない。いや、後戻りすることはできなくても、その場で踏みとどまって動くことを止めるくらいならできるかもしれない。
彼なら、彼の立場なら。
けれど歩みを続けるしかないたったの三人の幼い背中をただ見つめるだけの勇気が、このデカいだけの図体には存在しなくて。そばにいて手助けしてやりたいと、どうしてもそう思ってしまって。
「なーにやってんだかなあ」
なるべく軽薄そうに、いつものように吐き出してみる。空いたグラスに新しく酒を注ぐのが面倒になって、瓶をとると直接口を付ける。かたむけかけたところでふとそれを止めて、下唇を瓶の口につけたまま、
「どーしたもんかね、なあ、マリア?」
「……深酒は身体に良くないわよ」
「つれないこと言うなよ」
水を向けたなら、彼の背後から凪いだ水面のような涼やかな声。いつからそこにあったのか少しばかり酔った頭は思い出すことができないけれど、とにかく気配はすべるように彼に向かって、彼が身体を投げ出すソファの背もたれから細い腕がのびる。そこに細い顎がちょこんと乗る。
「いい加減にしたら?」
「んー、そうだなあ」
気のない彼の返事に、怒るわけでもない静かな息がそっと降ってくる。
「珍しいわね」
「さすがのオレでも、今回ばかしはちっと腰が引けるぜ」
「分からないでもないけど、なんだかやっぱり珍しいわ」
「お前なあ、オレだって凹むことくらいあるっての」
「……生きていれば当然ね」
「ああ、生きてるからな」
静かな声のやりとり、途切れた隙をついてのどに流し込んだアルコールは、食道を胃をすべり落ちていくごとに深く燃える熱になる。酒に酔う体質ではないからそれ以上の何かがあるわけではなくて、ああ、けれど今日は頭の芯が少しだけぶれている。
「まったくなあ」
これじゃあ酔っ払い親父じゃねえか、思うのに、火の着きそうなほどアルコールの濃いため息と共につぶやきが漏れて、
「難しいこたぁオレの手に余るっての」
弱気なぼやきが口から漏れて、
「世界がどうとかオレらがどうとか、……知らなけりゃ、なあ」
「――じゃあ、クリフはこの旅から降りる?」
ばっさり斬り捨てるわけではないやわらかな養女の声に、けれど彼の思考が凍り付いて、
知りたくもない事柄をいくつも知った。
この世界の成り立ち、「創造主」がこれからこの世界に対してやろうとしていること。
少しばかり特殊な能力があるところで、それ以外はごく普通と思っていた養女が実はまったく異質の存在だったという事実。
その養女と、同じだけれど違う能力を持つ三人の子ども、彼らがなすべきこと。
そのサポートとして、クリフがすべきこと、彼にできること。
――けれど、ああ、そうだ。かえのきかない三人と違って、彼の立場なら確かにここで別れることができる。彼がいなくなって残された彼らが困るのは戦闘の面、程度で、
けれど、
「……んなことできるわけねえだろが」
「あら、簡単よ? 明日、……もう「今日」かしらね。朝、みんなの前に顔を出さなければそれですむわ。もうこの旅から降りるってフェイトに言うのもいいわね。
そうしたところで、誰もあなたを責めないわよ」
「誰も、……ねえ。じゃあマリア、お前はオレ自身がオレを責めないって言えるか?」
「それは無理だけど」
ああ、呑み下すごとにアルコールはのどの奥でカタマリになって炎になって、今、この胃にはどれだけの火種が生まれているのだろう。生まれた炎が、できるならスミにしてくれないだろうか。
自分の中の今さら惑う心を。
今さら怖気づくこの心を。
「……でも、無理する必要なんてないわ。無理してくれなくていいの。今まで付いてきてくれただけで感謝しているもの。これ以上は、もう、望まないから」
「ひっでーなあ、仲間はずれはダメなんだぜ?」
「時と場合によるじゃない。……今は、だから無理になんて言わないから」
何も言うことができなくて、それだけ弱っているのか無責任で軽い「いつものクリフ」が出てこなくて。彼の脇、ソファの背にもたれる養女がふっと静かに息を吐いて。
それはため息なのか、あるいは微笑なのか苦笑なのか。
覚悟を決めて脇を見たなら、彼女は静かに微笑んでいた。
強がりのはずの笑顔が、強がりに見えなかった。
思った瞬間彼の心をいろいろな感情が占めて、
……ただかなわないな、と、
吹き込む風のようにそんな想いが、
