それはきっと、
彼女が、彼女だから――、

―― Beliebtheit

ぼんやり歩いていたら、決して目指していたわけではないのにその部屋の前に出てしまった。だからといって別に顔を出さなければならないと決まっているわけではないし、このまま引き返すのも、何でもないように行き過ぎるのもアリだったけれど。
足がなぜだかもつれて。
「……開いてるよ。人の部屋の前でうろうろしてんじゃないようっとおい」
そんなつもりは、なかったのだけれど。
「邪魔するぜ」
そんなに長時間、そこでぐずぐずしていたつもりはなかった。けれど、やがてドア越しにあきれ果てた声を向けられて。だったら仕方ねえ招かれたんだからな、という顔を作ると。
クリフはドアノブに手をのばした。

◇◆◇◆◇◆

一行の現在地、聖王国シーハーツ王都シランド。年少組がクリエイションがしたいと主張して、とりあえず三日間滞在の予定で各自解散していた。
赤毛の女隠密は、解散直後職務がどうとかで王城に向かって。
金髪の大男は、特にあてもなくあたりをぶらぶらしていて。
――それが、四半日も経たないうちに王城のネルの部屋で顔を合わせた。

◇◆◇◆◇◆

ネルは、どうやら留守の間にたまっていた書類をやっつけている最中らしい。書類を持ってきた女官あたりの性格かネルの生真面目さか、きっちり揃えられた書類の山に向かっている。椅子に座って、入口につっ立っているクリフには背を向けている。
そうなると、たとえ同じ部屋にいようがネルにクリフをかまう余裕などまるきりなさそうで、そうは思ってもクリフはこの部屋から出ようとは思わなかった。
「忙しそうだな……と。どした? それ」
「それ?」
仕事の邪魔をしたいとは思わなかったし、部屋を出て行く気にもなれなかったクリフが、ぐるりと部屋を見渡してふと気が付いたもの。最初からいたのかいつの間に来たのか、窓枠にちゃっかり居座っている、
「……鳥、だね」
仕事の邪魔をするつもりは誓ってなかったけれど、声が聞きたい、こちらを見てほしいとぼんやり思っていたネルが、振り返ってクリフの視線を負って、
「ウサギにゃ見えねえよなあ」
「うるさいね」
二つの視線を受けて、その鳥はすました声で一声鳴く。

濃淡がきれいなコントラストを描く、鮮やかな青い鳥だった。大きさは一抱えほど、ただし飾り羽根のおかげで本来よりも大きく見える。
クリフは鳥獣に詳しくないし、それはどうやらネルも同じようで。
それ以上のことは何も分からないまま、二人は黙り込む。
かくりと首をかしげると、話はそれで終わりというのか再び目が書類に落ちる。

◇◆◇◆◇◆

「……陛下に献上されたのだと思うよ」
「それがどうしてここに?」
「籠ごと献上されたと思うけどさ、心優しい陛下のことだから、閉じ込めておくよりもって自由の身にして庭に放して、庭師あたりに面倒見させてるんじゃないのかな。
で、この部屋窓空いてるだろう? だからここに入り込んだ」
書類を繰っていた指がすっと指し占めた先、なるほど、窓が開いている。そういえばさわやかな空気が一筋、花の香を運んでいる。王宮だけある、女王だけある。無骨なクリフが一見見過ごす細かいところに、さりげなく気遣いが行き届いている。
果たしてネルの言葉が正解だったのか。鳥はタイミングよく一声鳴くと羽ばたいて、すべるように部屋の中をぐるりと回った。

◇◆◇◆◇◆

――美しい、完璧な青。
――美しい、すんなり耳になじむ声音。
たぶん、観賞用に品種改良でもされているのだとクリフは思う。飛ばないように、逃げないように翼をいじると見た目が悪くなるから、ひとを怖がらない姿を見れば、躾けた人間の並々ならない努力が見える、ような気がする。
美しい姿と、なんだか気位の高そうな姿が――ふと、とある人物を思い起こさせて、
「……マリアみたいだよね」
「…………は?」
今まさに思っていたことをぽつりとつぶやかれて、驚いたクリフがびくりと背筋を伸ばせば。彼の珍しい姿をちょうど目撃したのか、ネルがくすりと息を吐く。件の鳥は窓の桟を気に入ったのか再びそこに舞い降りて、笑うネルにあわせるように細く鳴く。
それは確かに、クリフの知る養女の姿に、やはりよく似ている。

「……お前の鳥じゃないのか?」
「違うね。――隠密なんてやってると、生活が不規則だから。世話もできないのに動物を飼う真似、少なくともあたしにはできないよ」
青い鳥は、何を思っているのか先ほどからさえずっていて。その心地良い声を背後にふとクリフがつぶやけば、ネルがゆるりと否定する。
「ずいぶん懐いてるじゃねえか」
「そういう風に世話してあるんじゃないかい?
――悪いね、せっかく歌ってくれても、あんたにあげられるようなものはないよ」
ネルが書類越しにささやいて、ささやかれた鳥はつぶらな瞳できゅるりとそんな彼女を見やると、知っている、気にするなというようにさえずりを続ける。そのままじっと彼女が鳥を見つめていることにやがて気付いたのか、一度大きく羽を広げて鮮やかで艶やかな青を見せて。
クリフはそんなネルを、ネルと鳥を適当な壁にもたれてじっと見やる。

◇◆◇◆◇◆

穏やかな、なんだか穏やかな時間だった。ゆっくりと過ぎていく時がなんだかいとおしくて、クリフは何となく頬の緩んでいる自分に気が付いた。
色鮮やかなきれいな鳥が心地良い音色を上げて、窓からは遠くかすかな花の香り。質素で飾らないネルにはけれどそんな華やかなものを圧倒する存在感があって、特別声を上げることも、何を言うこともなくマイペースなのがいかにも「らしい」と思う。
なんてことのない、まるで自分の存在が見えない、穏やかな時間。この風景の中に加わりたいという思いと、ただ黙って絵のようなこの風景を眺めていたいという思いと、二人の相反する気持ちがクリフの中でゆっくりと育っていく。そういえば気配を消していない自分がいて、そうなると気配だけ彼もこの風景に参加しているのかとも思う。
とても何気ない、面白味のないそんなことが。
けれどクリフの心は、なんだか穏やかなもので満たされていく。

呼びもしないのにこの部屋にやってきた青い鳥は、きっとネルの気配に惹かれたのだと思う。何気なく歩いていたはずがここに来たクリフは、ネルの存在に惹かれたのだと思う。ただそこにいる、そこに在るだけのネルには、
鳥も人も自覚なく魅了するような、派手とか地味とかではない、本質的にきっとそんな見えないちからがあって。

クリフは口の端を持ち上げてみた。
静かで落ち着いた風景に似合わないはずのそれさえ、今ここでは別に違和感がない、のかもしれなかった。

―― End ――
2005/10/28UP
クリフ×ネル
OFP
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Beliebtheit
[最終修正 - 2024/06/25-10:47]