その顔が、あまりに真剣だったから。
いつものちゃらんぽらんな言動とは、まったく違うことをするから。

―― Aus Versehen

「おーいネル、アイテム袋どこやった? フェイトのヤツに訊いても知らない自分で探せってつれなくてよお」
「アイテム袋? あれそっちに……っ、」
武器の手入れをしているときに、話かけられて。なんてことはない受け答え、ただ手元から目を離した瞬間。
息の詰まる感覚に、ネルは動きを止めた。
「? どした??」
「なんでもない……ちょっとドジった。
アイテム袋なら、」
「診せてみろ」
怪我の手当てよりも先に、というか別に激痛ほどまではいかないものの確かに痛いのであまりそちらを見たくなくて。とにかくこちらの用をすませてから、などと思っていたら不意に声が近くなった。
瞬けばすぐ目の前にクリフがいる。むっと目を細めた真剣な顔がまっすぐ向いて、視線はただ一点、彼女の手に注がれていて。
その常には見ない真剣な表情に、ネルの心臓が小さく跳ねる。

「……痛むか?」
「いや、まあ確かにね。けど、別に気にしなくても大丈夫さ。そりゃ確かに痛いけど我慢できないってほどでもないしさ、この分なら傷もそう深くは、」
「お前の「大丈夫」ほど信用ならねえもんはねえだろうが」
だったら訊くな、と返したくなる言葉でネルの声を遮る。いつもなら、自分の怪我なら。「平気だ」だの「ツバでもつけときゃ治る」だのといい加減なことこの上ないことをほざく男が、今はなぜかどこまでも真剣で。
そろそろと見たなら、話の間だけでてのひらにたまるほどの血。別に深い傷とは言わないけれど、浅いともいえないような、そんな微妙な深さのように思う。それよりも、脈打つたびにずきずき伝わる感覚が、痛いとか思う以前になんだか気持ち悪くて。
眉を寄せたネルに気付いたか、藍が彼女に向いた。
思わずたじろぎそうなほどの視線の強さに、ネルの心臓がどきりと跳ねる。

◇◆◇◆◇◆

「傷口洗った方が良いな……」
「いや、別にさ。そんな、」
場所はてのひらだし、傷自体深くはない。自分でどうにかできると言おうと思ったのに。
言う前にふわりとした感覚。
え、と視線をめぐらせたなら、思ったよりもずっと近くに男の顔があった。目線が高い。膝裏と背中から肩にかけてあたたかい感覚、――抱え上げられている。
「あのっ!?」
――何するんだいいきなり!?
上げた声は驚きのあまり言葉にならなかった。暴れようにも、抱え上げられてわけでここで落とされたなら痛い思いをしそうだ。それは嬉しくない。
では、なくて。

思い込んでいたのだ。
クリフなら、こういう怪我を見たなら。するとしても血を舐め取るとか、そういうものなのではと。何やってんだよドジだなあとかなんとか、そんな風に茶化すのではと。
そうに違いない、なんて。
――なぜだか、思いこんでいたから。

調子が狂う。
その顔が、あまりに真剣だったから。
いつものちゃらんぽらんな言動とは、まったく違うことをするから。

◇◆◇◆◇◆

「……クリフ?」
「お前なあ。……気を付けてくれよ、てーか、つまんねえことで怪我なんてするなよ。それに大体、お前、あの短刀毒とか塗ってなかったか?」
「いや、この前のまではそうだったけど、あれはおろしたばっかりで別に、」
「けど、さっき戦闘に使ってモンスターの血とか付いてるわけだろ。傷口から変なもん入り込んだらどうすんだよ」
「そ、そりゃそうだけどさ」

言いながら大またに進んで、いや、ネルには大またに見えるけれどクリフにはそうでもないのかもしれない。水場に連れて行かれて、大きな手が彼女の手首を支えて、流水で傷口を洗う。てのひらに一筋、じわじわ太くなる赤い線は消える片端からまた生まれる。

耳元で聞こえるこの鼓動は、その怪我のせいなのだと思う。
まさか包み込むように背後から彼女を支える、この男のせいなんて。触れられている、彼女一人に意識が向いている、それが気になって仕方がないなんて。
――そんなこと、あるはずない。
この大きな手が、あたたかい手が気になって仕方ない。背後から覆いかぶさるようにされていて、それがどきどき苦しくて切ない、なんて。
そんなこと、あるはずがない。

この男を、普段はどうしようもなく当てにならない男を。
「男」として意識している、なんて。
――そんなこと、あるはずがない。

◇◆◇◆◇◆

「……ええと、薬箱薬箱……ネル、アイテム袋はどこにあるって?」
「え、……あの、部屋のすみ……」
「お。――ああ、ここにあったのかよ全然気付かなかったぜ」
そうして、そんな言葉で不意にはなれた体温がなんだか淋しいなんて。

そんなこと。

思うけれど、心臓はどきどき苦しくて、きっと頬は真っ赤に熱くて。
意識しているネルに気付いているのかいないのか、いや、きっと気付いていて知らん振りしているクリフがなんだか恨めしくて。

忘れて久しい感覚に。
――心の奥が照れて、けれど嬉しい、なんて。

そんなの、

―― End ――
2006/04/25UP
クリフ×ネル
OFP
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Aus Versehen
[最終修正 - 2024/06/25-10:48]