一人は嫌だ、と彼女が言うから。
――しょうがねえな、と笑ってみせた。

―― Wiegenlied

ある日、パーティメンバーが風邪に倒れた。
最初にやられたのはパーティリーダーで、この歳になって自己管理ができないなんてと大げさに嘆いていたクォークの現リーダーも次の日には熱でふらふらしていた。自己管理がどうとかいった手前意地でも風邪を引いたことを認めない彼女を力ずくでベッドに押し込んで、そのころには残りのメンバーも大なり小なり症状が出はじめていて。
今年の風邪はタチが悪いらしい、と。
体力面にはひたすら強いため、今も一人だけぴんぴんしているクリフはぼんやり思う。それともひょっとしたら種族差かもしれない。クラウストロ人の彼は前述のとおりまるで元気だし、エリクール人の二人は多少調子が悪そうなもののまだ平気なふりをする余裕がある。地球人の三人、この旅の切り札の特殊能力もちはまるでダメで、安静にしていれば生命に別状はないという医者の見立てがなければ、きっと今ごろクリフは伝説の薬草メトークスあたりを探して広い宇宙をかっ飛ばしていたかもしれない。
とりあえず、ディプロはなんだか準備万端な気がする。無視することにしたけども。

◇◆◇◆◇◆

そこまで考えたところで、クリフは深く息を吐いた。
「……嬢ちゃん」
「っ!?」
「寝てろほら熱高えんだからよ。無駄に体力消耗するな」
何を考えて起き出してきたのか。クリフの背後、毛布をマントよろしくはおったパジャマ姿のソフィアは。いきなり声をかけられてゆるーり困った笑みを向けられて、いかにもびっくり見開いていた目をぱちぱちして。そしてふにゃりとかすかに笑った。
「クリフさんみつけたー」
「は?」
ふらふらしているソフィアを送って行きがてら、看病のマネゴトをしようか、と。そういうことが得意そうなソフィアはむしろ今患者そのものだし、面倒見のいい赤毛の女隠密だって本調子ではない。結局、クリフ以外は現在風邪引きなのだ。だったら向いていなかろうが、やるしかないだろうと。
……しかしカンビョウってのはどうやるんだ? マズったな、調べるったって今ディプロマで戻るわけにもいかねえし。
などと思っていたクリフは、ソフィアの笑みに虚を突かれた。
「嬢ちゃん?」
「めがさめたらだれもいなくて、クリフさんがいなくて、こわかったんですよぉ。だめじゃないですか、どっかいっちゃあ」
ふらふらふら、よろめくように近付いてきてあまりに危なっかしいものだから思わず手をのばしたら、ぽっすと軽い感触で身体ごと倒れてきて。本当に軽いから、頼りないから。この手にどれだけの力を入れていいのか分からなくなって、クリフはさらに混乱する。
「こわかったんです。こわかったんです……っ、わたし、おいてかれちゃったんじゃないかって」
「――んなわけねえだろうがよ」
細い肩から伝わる、早い脈拍にかなり高い体温、額に浮かぶ汗に髪が張り付いて、息が荒いことを隠す余裕さえない。潤みきった目が批難いっぱいにクリフを見上げてきて、――いかにもマズそうな少女に、何しろ頑丈で病人に触れる機会がないクリフはさらにたじろいだ。
ひとりではないはずなのに、隣のベッドにはマリアも寝ていたはずなのに。なぜそれに気付かなかったのだろうと、必死なソフィアに気圧される。
「あしでまとい」
「はっ?」
「……だってのはわかってます。だから、いつおいてかれるかわからなくっていつもこわいのに。みんなやさしいからきをつかってくれるだけで、わたしなんかいないほうがきっとたびもかんたんなのにっ」
――ああ、熱のせいできっと頭が回っていないのか。
やっと気が付いた。舌っ足らずに不満をぶちまけて、力が入らない手で必死にしがみついてくる華奢な身体。熱のせいもあるだろうけれど、目を潤ませているのは、こうしてわめくたびに感情が高ぶっていくから。
そうして熱に浮かされている病人相手だとやっと実感して、しかしだったら何を返せば良いのかと、

「わたしは、わたしなんか……っ、いないほうが、」
「そりゃ違うぜ」
きっとなくなるだろう記憶と分かったけれど、経験豊富でなんでものらりくらりかわすクリフは、その瞬間真剣に否定していた。どうしようか散々迷ったあげく、少女の頭を包むように軽く叩くように撫でる。
「嬢ちゃんはひとりしかいねえからな。嬢ちゃんにしかできねえことで、オレもあいつらも助かってる。いなくてもどうにかなるかもしれないけどよ、いない方が良いなんてねえよ」
「でも、」
「オレは紋章術を使えねえ」
しがみついてくる手は小さくて脆くて、クリフの手の半分ほどの大きさしかない。指は細くて手の皮はいかにも薄くて、荒事の雰囲気だけでぴりぴり無残に裂けるだろう。
でも、そんな小さな手でも、
「戦闘の役に立たねえってなら、その術はどうだ? 敵さんも強くなってる、回復してくれるやつがいなけりゃあっという間に全滅だ」
そんな小さな手でも、小さな手だからこそ。クリフの大きな手ではぼろぼろこぼすものを丹念に拾ってくれる。
「つか、オレは戦闘の時にしか役に立ってねえよな。料理は下手だし、そもそも食べれりゃ問題ねえとか考えちまうから、どうしてもそんなもんしか作れねえ」
無骨なクリフの手では触れただけで壊れてしまうものを、その華奢な手は作り出すことができる。
「性質だろうな、トラブルを面白がっちまうオレみたいなやつだけじゃ、あっという間に喧嘩別れだ。お前みたいなほんわか受け止めてくれるから、まとまって動くことができる」
何も言えなくなったように、目にいっぱいの涙をためて黙り込む彼女の頭を。どうしても乱暴になでてやりながら、クリフは笑う。

◇◆◇◆◇◆

「何もできねえわけじゃねえよ。嬢ちゃんだからこそできることがたくさんあるんだ。だから、誰も置いてかねえから、安心してもう休めや。な?」
ただ立っているだけでも十分つらいのか、先ほどよりもなんだか顔色が悪くなったような彼女をひょいと抱き上げて、
「寝てろ。しっかり運んでやっから。寝てちゃんと身体治して、また一緒に旅しようぜ」
「クリフ、さん……」
細心の注意を払って顔に張り付いた髪をはねのけて、少しだけ迷ってから少しだけ照れたように、
「眠るまでそばにいてやるさ。だから、ぐっすり寝てくれ」
――壊れものの少女を放り出す真似は、しないから。
にっと笑えば、ソフィアの上気した顔がほころぶ。ほころんで、次の瞬間くたっと身体から力が抜ける。
気でも失ったかと覗き込めば、安心しきった笑顔がそこにあって、
「クリフさんのこえって、すき。どきどきする」
「……そりゃどうも」
まっすぐな目が声が、どうにも照れくさくてこそばゆくて。

一人は怖い、と彼女が言うから。
――そばにいるから、と笑ってみせた。

―― End ――
2005/09/26UP
クリフ+ソフィア
OFP
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Wiegenlied
[最終修正 - 2024/06/26-14:26]