なぜ、だろう。
「クリフ? どうかした??」
「んあ? 別にどうもしねえぜ、なんだどっか変な風に見えたかマリア?」
「……? 何かがいつもと違うような気がしたの。まあ、何もないなら良いわ。気が着いたら言うから」
「おう」
青い髪の養女は首をかしげながら去っていった。その細い背にひらひらと、クリフはにこやかに手を振った。
「クリフ、あんたね!?」
「うおっ、なんだネルいきなりでけえ声上げたりし、」
「黙りな! あんた、……、
…………あれ?
おかしいね、何か引っかかったんだけどさ」
「うん? 美女からのデートのお誘いとあらば、オレはいつでもフリーだぜ」
「馬鹿」
軽薄なクリフの言葉に生真面目な赤毛の隠密は反射的に噛み付いてきて。ふと我に返ったように深い深いため息を吐くと、付き合ってられないとばかりに冷たい冷たい目を向けて、くるりと彼に背を向けて歩き出す。
「つれねえなあ……」
ぼやいた声が聞こえたのか、一瞬脚をゆるめて、しかし大袈裟に首をふると今度こそ間違いなく向こうの方へ行ってしまった。
そして、
「クリフさん、」
「お? どうした嬢ち、」
「……ヒーリングっ!」
これは問答無用だった。
声をかけられて振り向いて――振り向いてさらに視線を下に向けた瞬間。少女の呪紋を唱える声を聞いた瞬間、淡い光が彼を包んだ。あまりのことに呆然としていると、薄れゆく光の中脆そうな手がのびてきて、ぺたぺたと彼の脇腹あたりを無遠慮に探る。
「……嬢ちゃん?」
「クリフさん、今さら下手な嘘吐かないでください」
困惑して見下ろせば、半眼が迎え撃った。小さな手が今度は彼の脇腹に触れたまま、再び、
「ヒーリング」
そのてのひらに淡い光がともって、場所が狭い分濃縮された光が淡く彼の脇腹に吸い込まれていく。癒しの効果は絶大で、あたたかい光の中、
「……ふう、」
ソフィアが額に浮いた汗をぬぐう真似をした。実際にはまるで汗なんてかいていなくて、その手が触れた栗色の髪がやわらかく揺れる。ちょっとした動きで、シャンプーか何かだろうか、少女から甘いにおいがふわりと舞って。
クリフは目を細めた。
先ほど手に浮かべたように、この少女には光が似合う。
そんなことを、思う。
「……これで完治、ですね。
ダメじゃないですか、怪我したらちゃんと言わないと。それをマリアさんやネルさんまで煙に巻いて」
「見てたのか?」
「お二人から話を聞きましたっ!」
ぽふっ、軽くはたかれたあたり、クリフの脇腹。じゃれるようなソフィアにクリフは苦笑する。
「ちっとばかし痛かった程度だしな。これくらいならうまいもん食って酒呑んで寝りゃ一晩で完治す、」
「自分の体質に胡坐かかないでください」
半眼がぎろりと見上げてきて、てのひらを掲げて降参すれば、む、いかにも不満いっぱいに、
「打ち身とは違うんですよ、骨折までいかないにしてもひび入っていたじゃないですかっ! 息することさえつらいのに、いつもどおり振舞った様子には拍手しますけども!!」
一生懸命噛み付いてくる様子が、まるで子犬のようだ。どこまでも真面目で一生懸命なのに、少女は無垢な子犬みたいに見える。
「そうか?」
「そうですよっ! それなのに平気なふりして普通に戦闘までやってるし!! 本当に骨が折れたら細かく割れた骨が肺とかに刺さっちゃうかもじゃないですかっ!?」
「あー、そりゃ痛そうだよなあ」
「他人ごとじゃないですっ!」
ぽふ、クリフの、先ほどまで怪我をしていた脇腹をまた軽くはたいて。見下ろせば、きっと感情の高ぶりで目に涙を浮かべて、むっとすねた顔のソフィア。
「……どうして、強がるんですか。怪我を隠して平気なふりするんですかっ! 誰も馬鹿にしません、馬鹿にする人がいたらわたしが怒ってあげますからっ!!」
「いや、そんなんじゃねえんだがよ、」
「じゃあ、どうして!」
「どうしてだろうなあ……」
のらりくらりと逃げるクリフに、ソフィアの眉がつり上がった。どう言いくるめたら良いだろうと考えるクリフに、マシンガンのような勢いで言葉が叩きつけられる。
言い返すような余裕がない。言い返す言葉もない。
――なんでだろうなあ。
だから、わりいわりいと聞き流しながら、クリフはぼんやり思う。
――なんでこの娘にはバレちまうんだろう。
のらくらした自分の態度でソフィアがさらに怒るのは百も承知で、事実どんどん火に油を注ぎながら。クリフは思う。
――マリアやネルにだって隠せてたのになあ。何か引っかかっても、それが何なのか分からないくらいには、隠せてたのに。
ぽかり、全然痛くないこぶしまで降ってきて、いていていて、と気のない声を上げながら、
――庇ったせいで無理してひび入れて、まあ次の戦闘で怪我した時にでも一緒に治せば良いじゃねえか。体力ならありあまってんだ、倒れなきゃかまわねえ、そのくらいの見極めは、
クリフはただ、不思議に思う。
「まあまあ、オレだって何も考えてねえわけじゃねえんだし、」
「その思考回路は変ですっ! クリフさんのバカっ!!」
ぽろっ、少女の勢いに耐えかねたように、その時ソフィアの目にたまっていた涙がこぼれた。自分で自分の涙にびっくりしているソフィアに、クリフは小さく笑う。
「――ま、倒れる前になんとか手を打つからよ。それで許してくれや」
「ダメに決まって、」
「さっきは癒してくれて、サンキュな」
ぽろぽろぽろ、こぼれる涙をゆっくり指でぬぐってやれば、なぜか黙り込むソフィア。
「ど、して、」
――どうして、だろうなあ。
その頬にゆっくり血が上って、それを眺めながらクリフは思う。
――どうして、
ただ、考えている。
