こっちに来いよ、と誘うには。
「こちらがわ」はあまりに血生臭いから。

―― Mauerblumchen

戦闘中、戦闘後。あるいは道中の雑談のうち戦闘に関する会話。もしくは宿にいるときの反省やらミーティングやらのとき。
一人話に加わることができない少女にクリフは気が付いていた。
いつもは溌剌とした笑顔がその時は生笑いになって、そのまま何も言えないままに一歩二歩三歩、話の環から静かに外れることに気が付いていた。そして、少し淋しそうな笑顔で盛り上がる仲間たちを眺めていることには。
だいぶ前から、気が付いていた。
けれど。

◇◆◇◆◇◆

「……ふう、」
そろそろ敵も手強くなってきて、どこかの戦闘馬鹿はやたら満足そうだったけれど、勝つのがぎりぎりという事態は決して嬉しくない。今だってクリフは二の腕に裂傷を負っていて、ついでに筋まで違えたのか下手に腕を動かすと電気の走るような痛みに襲われる。
そうしてまた一瞬走った痛みに思わず舌打ちをしたとき、ぱたぱたと走り回る少女が視界に入った。
「あの」
「あーオレはとりあえずどうとでもなるからまずあっちをどうにか頼むわ」
彼に顔を向けて、泣き出しそうな顔をする彼女に親指で指した先。盛大に出血しておかげで貧血でも起こしているのか、頭がぐらんぐらん揺れている彼女の幼馴染。
「……!!」
声も出ない悲鳴を上げてあわてて走っていく後ろ姿は、細くて。
思わずそれを見送ったクリフは、先ほどとは違う意味でひとつ舌打ちをする。

◇◆◇◆◇◆

戦闘と縁がない生活を送っていれば当然、彼女は戦いに慣れていない。経験がものをいう世界でそれがゼロとなれば当然弱くて、今から鍛えようにも、フォローができるほどここいら周辺の敵は弱くない。弱い敵の出る場所は分かっているからだったらそこにしばらく滞在すればいいものを、ひたすらに先を急ぎたがるクリフの養女の手前、パーティリーダーをはじめ誰もがそれを言い出せなくて。
それに第一、彼女にそういった血生臭いことは極力近付けたくない、そう思うのはパーティメンバー共通していて。

そう、できる限り少女を戦闘の場に出したくはない。
かすり傷ひとつ負ってほしくないし、彼女の手で他者を傷つけてほしくもない。優しい少女はきっと逐一心を痛めるはずで、そんな心の痛みを味あわせたくないし、心を傷めない少女はなんだか想像するだにわびしい気分になる。
勝手な考えは重々承知で、無茶をするなときつく言ったなら自分以外を尊重する彼女は戦闘に出てきたりしなくて。
ただ、哀しそうな目で戦う彼らを、怪我を追う彼らを見つめていて。
浮かべるその笑顔が、日に日に暗いものになっていることに、クリフは気付いていて。

◇◆◇◆◇◆

死にかけていたパーティリーダーを、きっと術とアイテムで癒した彼女がそうしてクリフの元に戻ってきた。彼の腕の惨状につらそうに眉を寄せて、治癒の術をかけますねと詠唱をはじめた。
華奢な手に、すぐに淡い光がともる。ふわりと広がるそれは、彼の二の腕にじくじく走る痛みを瞬く間に和らげていく。
「あ゛ー……」
「え!?」
「いや、なんかこう、……風呂にでもつかったような感じ、だな。効くなあ、嬢ちゃんの」
「あ、はあ……ありがとう、ございます……?」
礼というよりは誉め言葉に、恐縮して頭を下げた少女の髪が、さらりと流れて。そのままうつむいて動かない彼女に、クリフは音のない息を吐く。

「……つらいか、嬢ちゃん?」
「――……つらい、です。一人安全なところでみんなが戦っているのを見るのは、みんなが傷付いていくのを見るのは。つらいです」
つぶやく声に返ってきたささやき。傷口がふさがってそれでもしばらくともっていた光が、やがてふっと消える。
腕の調子を確かめるようにぐるぐるまわしてみる彼に、少女はうつむいたまま、
「でも、戦闘に出ても、わたしは足手まといで……何もできないどころか、みんなの迷惑になるだけで、」
――それは違う、と言いたかったけれど。言えないクリフに彼女は続けて、
「せめてこうして怪我を癒したいのに、アルベルさんなんて露骨に嫌な顔をします。
マリアさんも、あんまりいい顔をしてくれません」
本人たちは認めたがらないけれど、性格というか根本が似ている二人だから。その理由はひとつだろうと、アタリをつけたクリフはまた息を吐く。
「フェイトに、わたしでも戦えるところに行ってみてってお願いしても、今は急いでいるからって取り合ってくれないし。ネルさんは、なんだかわたしに関わること自体、避けているみたいだし」

多分生来そういうことに敏感な少女は、周囲の目をちゃんと理解している。理由こそ分からないなりに、向けられる気持ちが理解していて。
だからこそ、余計につらいのだろうか。
何も言うことのできないクリフに、きゅっと閉じられた唇。ぎゅっと縮こまった少女は、いつものあの笑みを浮かべていないのだと思う。
クリフはただ、息を吐く。

◇◆◇◆◇◆

血生臭い自分を理解している養女は、養女によく似たあの男は。そういうことに縁のない少女を汚したくないのだと思う。誰よりも少女に間近いパーティリーダーは、それこそ誰よりも彼女を危険な目に遭わせたくなくて。赤毛の女隠密は、守るべき一般人、無力な少女との接し方が分からなくて戸惑っている。
全員の考えていることが分かって、けれど少女の悩みも分かって。クリフは何も言うことができない。

本来なら、出来るなら。絶対安全な場所に置いておきたいのに。たとえばあのムーンベースのような、可能ならもっともっと安全な場所に彼女を置いて、そして闘いの場に旅立ちたいのに。
この世界のどこにも、たとえFD界にだって真実安全な場所なんてどこにもないから。
それに、彼女の持つ、彼女しか持たない特殊能力は誰にもかわりがきかないから。
せめて穢れを知らないあのやわらかい笑みを浮かべていてほしいけれど、傷付く仲間を見て能天気に笑っていられる性格ではないことを、誰もが知っている。そのやさしさをこそ愛している、だから笑みが曇るのもしかたがないと誰もが分かっている。

悪循環だ。

のけ者になんてしたくない、本当は誰もが彼女を「仲間」に認めて一緒に戦いたい。けれどそれは闘いに出ることと同じことで、汚したくないし傷付いて欲しくない以上それは叶わない。
何より、そう思うすべてを彼女に伝えるわけには行かなくて、だから笑みが曇っていくのをただ見ているしかできなくて。

――つらいか、
と問えば、
――つらいです、
そう応える少女が不憫だけれど。

◇◆◇◆◇◆

「……嬢ちゃんの癒しの術で、オレは、オレらは助かってるぜ……?」
精一杯の気持ちでささやけば、ふっと上がった顔が微笑んだ。痛々しい、淋しそうな笑みが見ていられなくて、けれど顔を背けるわけにもいかないから。ぎごちなく笑い返すクリフに、何を思ったのか少女の笑顔が、
「ウソでも、嬉しいです。ありがとございます、クリフさん」
「ウソじゃねえんだが……」
透明で色のない、決して嬉しそうではない笑顔が。
痛々しくて。

◇◆◇◆◇◆

こっちに来いよ、と誘うには。
「こちらがわ」はあまりに血生臭いから。
――けれどその笑顔が。

――胸に、

刺さる。

―― End ――
2005/12/30UP
クリフ+ソフィア
OFP
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Mauerblumchen
[最終修正 - 2024/06/26-14:21]