出口のない思考の迷路で惑う少女が。
自覚してなお、足掻く少女が。

―― Vor sich hin

「……何かあるとあちこちぶらつくのは癖か、嬢ちゃん? 頼むからこういう野宿んときはかたまっててくれよ」
「クリフさん……」
暗がりを、まるで夢遊病者のようにふらりと歩く細い背中に。ため息のような声を投げかけたら、少女がいかにも頼りない動きで振り向いた。周囲の宵闇を考えても、その顔色は青く白く――元から体力のない、術の使いすぎで精神力もない状態で、よくもまあふらふらと出歩くものだと、嫌味ではなくて彼は感心する。
ともあれ、おいでと手招きしたなら存外素直に近寄ってきて。叱られるのを待つようにびくびくする栗色の髪の上、彼はぽふりと手を乗せた。

◇◆◇◆◇◆

考えごとをする時にふらりと歩き回るのは、どうやら本当に癖らしい。考えているうちに身体が勝手に動くのか、適当に身体を動かした方が頭が働くのか。……まあ、どうでもいいことだし、彼女が何を悩んでいるか彼には分からないままだけれど。
ともあれ、こうして野宿の時にまでそれが発動されると困る。とても困る。何ごともなければ問題ないけれど、ふらりと出歩いた先でモンスターに襲われたりしたらコトだ。

――そんなことを、さてどう説明して納得させようかと悩むクリフに。きっと分かっていてけれどそれでも出歩いている彼女に、一体なんと言えばいいかと悩むクリフに。
ふうっとソフィアが息を吐いた。

「……ごめん、なさい……起こしちゃったんですね……」
「――いや、それは別にどうでもいいんだがよ。オレは元々が眠りが浅いタチでな、誰かが少し寝返り打っただけで目が醒めちまうんだ、だからそれはいい」
――だがよ、
続けようとして、けれど何をどう言っていいのか結局分からなくて。もごもごと口の中で言葉を噛むクリフを見上げて、不思議そうに見上げて。少女がゆっくりまたたいて、そのまつげがやかに細く長く繊細だ、なんて彼はなんだか場違いなことを思う。
思って、

「――何悩んでるか、聞いても良いもんかね?」
「……え、」
「そういう不安そうな顔されると、何かしてやらなきゃとか思っちまうわけだ。実際何ができるか分かってねえってのにな」
そんな、いかにも不安そうな心細そうな、すがりついていいものかと迷っているような顔を向けられると。オレを頼れと言いたくなる――これは、性分だろうか。
厄介な、性分なのだろうか。

◇◆◇◆◇◆

「え、え……っ、あのあの、わたし、そんなつもりは、」
「うーんと、な。
嬢ちゃんがいてくれて、オレらは助かってるぜ? いやいや、実際いっつも悪いたぁ思ってんだよ。オレ含めて男連中、ほれ、何も考えずに敵に突っ込んでくだろ?? お前さんがこまめに回復してくれねえとなると、まあばたばた死ぬわな。はっはっは」
「そんな……というか、それって笑いごとじゃないですよっ!?」
「あとはあれだ、嬢ちゃんいてくれるから野宿中の食生活も保障されてるってーか。
ヒトのコト言えた義理じゃねえが、マリアに任せると、なんだか毎回とんでもねえことになるんだよな……本人大真面目なんだろうが。ちなみにオレにやらせりゃ、全部がケシズミになりやがるし。
……何が悪いんだろな?」
「それは、きっと注意不足だと……じゃなくて!」
「そこにいてくれるだけで雰囲気和むんだよなあ。他のやつらにゃまず嬢ちゃんのかわりなんて間に合わねえよな。いや、前はそれでも全然かまわなかったけどよ。
ほれ、一度知っちまうともう元には戻れねえっつーか」
「……なんだか変な風に聞こえるんですけど。
て、クリフさん!? なんだかんだ言ってわたしの言ってること全部無視してるでしょう!!??」

ぽふぽふと、小さな頭をなだめるように軽く軽く叩きながら。思い付くまま脈絡なくつぶやいていけば、少女の顔がめまぐるしく変わっていく。
先ほどの虚ろな目が、少なくとも今この瞬間だけは憤慨に揺れて。
たったそれだけが、本人にとってはきっと不本意だろう、けれどそれがクリフには少し嬉しくて。――けれど、

「なあ、嬢ちゃん。何に悩んでいるものか訊いて良いもんか? オレに何ができるなんて分からねえけど、あんまし身のほど知らずに主張できたもんじゃねえけど、それなのに訊いても良いもんかね??」
「っ……!」

◇◆◇◆◇◆

年ごろの女の子の悩みなんて、正直彼には分からない。同じような年代の養女の思考も、根が単純な彼には分からなくて、しょっちゅう本人を怒らせている。

ただ、それでも。
それでも何かに悩んでいることだけは、厄介なことに分かってしまうので。
分かってしまったなら何かをしてやらなければならないような、一種脅迫めいた義務感のようなモノを、なぜか覚えてしまうので。

出口のない思考の迷路で惑う少女が。
自覚してなお、足掻く少女が。
――いとおしくて、放っておけなくて。

どこまでも大雑把な自分が限りなく繊細な彼女に何ができる、なんて自惚れてはいられないけれど。それでも、何かしてやれるんじゃないか、なんて期待してしまって。厄介な自分の性癖に辟易しながら、けれど悩んで悩んであてどなくさまよう少女を、まるで幽霊のように周囲を歩き回る少女に。
何かをしてやりたい、これは確実に単なる自分のエゴだ、放ってはおけない。
放って、おきたくない。

正直、野宿中だろうがどこかの町に宿泊していようが、きっと関係ない。
一度でも気付いてしまえば、ふらりと周囲をうろつかずにいられないほどの悩みを抱えていることに気が付いてしまえば。不安で不安定で脆くて繊細で華奢で儚くて――それでも足掻く強い彼女に気付いてしまえば。
――何かを、

◇◆◇◆◇◆

「嬢ちゃん、なあ、」
「…………ぁ、」

ただただ請うしかできないクリフに、自分の愚かさに苦笑まじりに、それでも請う彼に。ゆらり、少女の瞳が揺れている。

――それに、何かの感情がふつりと浮かぶなんて。……ああ、なんて、

―― End ――
2006/05/23UP
クリフ+ソフィア
OFP
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Vor sich hin
[最終修正 - 2024/06/26-14:22]