ファクトリーのドアを開けた瞬間、彼女たちの表情がはっきりと変わった。
マリアは深い翠の瞳をことさら冷ややかに細め、ネルは赤い髪をかき分けてこめかみに細い指を当てる。表現方法はともかく、示している感情はまったく同じだった。
すなわち、――呆れ。
「……どうしてうちのパーティの男どもって、こう揃いも揃って馬鹿ばかりなのかしら」
「言わない約束だよ、マリア。……あたしもまったく同感だけどね」

交易都市ペターニにたどり着いたのは昨日の夕刻。
明けて朝。女性陣はアイテムの買い出しに、男性陣は鍛冶やらなにやらでクリエイションに、と二手に分かれた。そして夕刻。買い出しを終えた二人が宿に向かう途中、どんな具合かと寄ってみれば。
そう広いわけでもない、いつまでも雑然としたままのファクトリーの中。漂う埃に光の帯が見える、廃屋にも似たファクトリーの中。
――まごうことなきアルコール臭が、重ささえ感じさせるほどに充満していた。

―― Festmahl

準備も何もなく、なかば偵察のつもりで向かった先、バール山脈にひしめく敵はかなり手強かった。
手持ちのアイテムをはじめ体力も精神力もほとんどを消費して、命からがら河岸の村アリアスにたどり着いて。体力や精神力は一晩休めば回復するが、消費したアイテムはそうもいかない。
どうせ買うなら物の集まるペターニで。そしてそこならファクトリーもある。レシピ指定でクリエイションすれば、ただ買うだけのアイテムよりもずっと使い勝手が良くなる。
――そう皆を説得したのはフェイトだったか。

◇◆◇◆◇◆

「……あーふたりともーごくろーさまー」
女二人が気を取り直すよりも早く、ノースリーブからむき出しになっている腕まで真っ赤に染めたそのフェイトがへらへらと近寄ってきた。台詞が全部ひらがなだ。そして、ここまで見事な千鳥足で、よくも壁やらカウンターやらにぶつからないものだ。
さらに、その腕には酒瓶が一本ずつ握られていたり。それを二人に差し出してきたり。
「てなわけで、かけつけいっぱいどーぞ!!」
どんなわけだとネルがツッコむよりも早く、マリアの靴底がその晴れやかな笑顔にめりこんだ。さすがのフェイトも音もなく沈み込む。二人はその様子を眺めることなく、ずかずかとファクトリーに踏み込んだ。
モンスターをも牽制するマリアの蹴り。――ほんの少しだけ、ネルは罪悪感を抱きながら。

ダムダ・ムーダが窓際の壁にもたれて手酌でやっている。その脇にはエリザ。こちらはジョッキを抱えて意識がなさそうだ。マクウェルがなかば意識が飛んだ状態でぶつぶつと虚空に向かって議論を戦わせていて、ライアスが床に伸びていて、なぜか笑顔で気を失ったゴッサムがべろんべろんのリジェールの椅子になっている。
製作オリジナルを頼んでおいたはずのクリエイターは、全員が全員つまるところマグロと化していた。
――ため息しか出てこない。
マリアとネルはちらりとお互い目を合わせると、二手に分かれてまだ少しは話のできそうな男たちに向かって行った。

◇◆◇◆◇◆

「クリフ」
猪口でちびちびやっていた金髪筋肉男に声をかけたのは、ネル。仁王立ちで腰に手を当てて、太上段からずいと距離を詰める。
「――いつからだい?」
「ん、お、ネルか。お疲れさん。……いつから……? いや、なんか今日はクリエイトしてねえんだよなこれが」
「……は?」
「朝ここに来たら酒がどっさり用意ずみでさ、いやいや、悪いと思ったんだが――」
普段なら素面なら、あるいはなんとか逃げられたのかもしれないが。さすがのクラウストロ人もアルコールに対しては無敵ではいられないらしい。……むしろ足の踏み場もない周囲のこの瓶の数からするに、ハメをはずして呑みすぎたと言うべきか。
ネルが無言で腰の後ろに手をやったのは見えなかったのだろう。瞬時にくり出される刃のその柄頭に脳天をえぐられて、勢いでがつんと床に頭をぶつけ、沈黙する。
「……まったく……」
やれやれと肩をすくめたネルが、呆れた顔でマリアに振り向く。

◇◆◇◆◇◆

「アルベル」
腕を組んで顎を引き、普段から冷酷と名高い視線をさらに冷ややかに。マリアが見下ろした先には、よりにもよっていつものあの格好で胡坐をかいて無意味な色気を振りまいている、空になった酒瓶を床に並べた「漆黒」団長。
「……首謀者は?」
「見当付いてるんだろ阿呆」
顔色は変わっていないものの、充分以上に酔眼のアルベルが、さすがに居心地が悪いのか彼女から視線をそらして吐き捨てる。かつん、踵の音も高らかに一歩踏み込まれ、視線を合わせないままに早口にまくし立てた。
「最初にどっちが言い出したのかは知らねえがな、フェイトがダムダ・ムーダと意気投合しやがったんだ。あいつがリーダー権限とオーナー権限振りかざせば、逆らえる奴ぁ……」
「で、抵抗あきらめてみんな馬鹿みたいに乗ったってわけなのね」
「……」
ふふん、わざとらしく鼻で笑われて、一瞬アルベルがマリアを見上げた。が。隠すつもりもない殺意をその瞳の奥に見つけて、あわててまた明後日の方をにらむ。
だからだろう。彼は最後までなにがあったか分からなかった。
音もなく脚を上げたマリアが、彼の頭をまたぐように少し体重を動かした。いったんそうしてから、踵をアルベルの後頭部に叩き込む。流れるような動きで躊躇も力加減もなくくり出されたそれに、アルベルの意識が闇に染まる。
怒りが笑みになって珍しく誰にも分かるくらいに表情を変えたマリアが、くるりとネルに振り返った。

◇◆◇◆◇◆

「明日からのペナルティ、どうしようかしら。甘えさせちゃ誰のためにもならないわよね」
「そうだね……」
華やかに微笑みながら、美女二人が酌み交わしている。いっそ花でも舞いそうなほどの極上の笑顔に、しかし生き残ったクリエイターたちはじりじりと壁際に追い詰められていく。
むしろ微笑んでいる分、どす黒い怒りが伝わってくるような気がする。
「荷物持ちと雑用くらいじゃ、いくらなんでもヌルすぎるしねぇ」
いつもは彼女たちもいくらか運んでいる荷物。しかし、ひとりではクリフさえ運びきれない大きさ、重さ、量はあるものの、二人分を三人に振り分ければ大したことはないとネルは思う。
キャンプの設営から食事の用意、不寝番、片付け。町にいる間はアイテムの買い出しに宿の手配にクリエイション。どれもこれもひとりで全部をやろうとすればともかく、彼女たちの分を三人で負担すれば、それはペナルティというほどのこともないだろうし。
ひょいぱくとつまみを口に放り込み、舐めるようにちびりとやって、ネルは指先で額を叩いてみた。しかしいいアイディアはそうそう浮かばない。
「嫌がらせにしても……戦闘中のサポート断ち切れば私たちもつらくなるし……ああ、技の練習台とかはどうかしら」
熟練度を手っ取り早く上げるために。小首を傾げて可愛らしくつぶやき、そんなマリアにネルの背筋を冷たいものが這う。彼女だけは怒らせてはならないと再確認する。
「うーん……確かに馬鹿みたいに突っ込んでいくしか脳のない男どものサポート、回復、めんどくさいからってサボったら全滅しかねないかもね」
「そうなのよ。特に今なんかは命からがら逃げることだって少なくないし。さすがにこんなことで死にかけるのは、ねー」
ごっごっご。喉をそらして豪快にグラスの中身を空けるマリア。すかさずマクウェルがそのグラスを満たし、ありがと、軽く言われて笑い返す。――その笑みは、どう見ても引きつった口の端をなんとか持ち上げているだけだったりするが。
「でも、とりあえずはフェイトじゃないかい? あとの二人はまあ、巻き込まれただけだし」
「そうね……あ、じゃあネル、こんなのはどうかしら?」

◇◆◇◆◇◆

翌日。クリフは痛む頭に響く泣き声で目を覚ました。呑んだことは覚えているが、珍しく無茶しすぎたのか最後の方は記憶が飛んでいる。
「……?」
首をひねる。泣き声? というか涙声?? は途切れない。
寝起きとアルコールに聞き取れなかった内容が、それでもしばらくじっとしていたらだんだん分かってきた。というよりも嫌でも分からざるをえなかった。
めぐらせた視界には、反泣きで土下座までしている青髪の青年。
「……なんだありゃ」
マリアとネルが談笑しているその足元に、フェイトがうずくまってなにやら泣き付いていた。……しかしどう見ても彼は女性陣に完璧に無視されているようで。
周囲を見渡す。本人たちに訊ねる気にはなれない。……誰かいないのか?
「――昨日の罰だそうですよ~。フェイトさん、しばらくマリアさんやネルさんに口きいてもらえないみたいです」
水を持って来たリジェールが、怖いものを見る目でその様子を見ながらこそっと教えてくれた。
確かに。密かに女好きのあのリーダーに、それはこたえるかもしれない。
……彼女たちの額に怒りマークを見たような気がして、クリフはこそこそとファクトリーから逃げ出すことにした。
触らぬナントカにタタリなし。

そして。その後数日、パーティの男性陣が地獄を見たとか見ないとか。

―― End ――
2003/08/06執筆 2004/05/09UP
パーティ
OFP
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Festmahl
[最終修正 - 2024/06/26-14:43]