どんなに強くなっても、彼女たちには多分一生かなわないと思う。

―― Starke Nerven

世間一般の普通の生活を送っている分には目にしない、耳にしないものも、こと戦闘中ともなれば意外としょっちゅう見たり聞いたりすることがある。
たとえば。
「ぐあああぁぁっ!!」
――大の男の、悲鳴とか。

「っ、アルベル!?」
遠慮のカケラもなく盛大に絞り出された悲鳴に、思わずフェイトは振り返った。振り返って、後悔した。見なかったことにして、戦闘中だからとにかく敵を倒さなきゃといいわけをして、力の抜けかけた手で必死に剣を握り直した。
実際、目の前のブラスドラゴンは、フェイトの意識がそれた隙にブレスを吐こうとしていたところだった。あわてて斬りかかった成果、とりあえずそれは阻止して麻痺は免れたけれど。
「プルート・ホーン!」
マリアの声。クリフのこぶしが命中する、聞きなれた鈍い音。視界を黒いものがよぎり、ネルが縦横無尽に飛んだり跳ねたりしているのが分かる。どうやら全員、アルベルの戦闘不能には気付いたが、とりあえずフェイトと同じく敵を倒すことを選んだようだ。
「……ブレード・リアクター!」
フェイトの声に剣から放たれた白い光が、目の前のブラスドラゴンに吸い込まれるように命中して、

◇◆◇◆◇◆

……どうにか戦闘終了。
剣を鞘に戻して、フェイトは荒い息をつく。
「――こりゃまた派手にやられたもんだねぇ」
意識して背中を向けている方向から聞こえる、あきれと焦りを含んだネルの声。
「ちょっとフェイト、何してるの? こっち来てヒーリングかけてあげて」
同じ方角から命令口調のマリアの声。逆らいがたい何かに、恐る恐る振り返る。見たくないのにくっきりはっきりそれを目にしてしまって、思わず口元を押さえる。
ネルとマリアの美女二人をはべらせて、アルベルが寝ている。
――というのは、間違ってはいないがだいぶ誤解を含んだ表現で。先ほど見てしまった光景が、フェイトの脳裏にスローモーションで再現される。

◇◆◇◆◇◆

アルベルが悲鳴を上げたのは、フェイトが相手をしたのとは別のブラスドラゴンの尻尾に弾き飛ばされたときのようだった。即座に彼の方を向いたのはフェイトだけで、つまりはその瞬間を目撃したのも彼だけということになって。
アルベルが弾き飛ばされたのは、よりにもよって崖の方だった。そのままの勢いで飛んでいたなら確実に転落していただろう彼が、今ここで横たわっているのは、崖のふちにしがみつくように生えていた木のおかげで。その木にぶつかることで、勢いが殺されたおかげで。
だがしかし。
木といってもそれはすでに枯れ木で、生木にあるような柔軟性やしなやかさは備えていなかった。過去の風雨や落石やモンスターのおかげで、その枝などは中途半端なところで折れていた。
運が悪かった、としか言いようがない。
弾き飛ばされた勢いそのままに、その折れて鋭くなっていた枝部分に、アルベルはぶつかった。フェイトが目撃したのは、そのぶつかった瞬間、アルベルの脇腹から血に濡れた枝が生えた瞬間で。瀕死ではあっても受身を取ろうとしていたアルベルの、その緋色の目が見開かれた瞬間で。悲鳴を上げた口がもう一度大きく開き、しかし空気だけを吐き出して弱々しく閉じた瞬間で。
運が悪かった、としか言いようがない。――それはアルベルであり、その光景を目撃してしまったフェイトであり。

◇◆◇◆◇◆

はやにえ状態だったアルベルは、フェイトが見ない間に枝ごと地面に横たわっていた。マリアやネルがやったのかもしれないし、むしろ戦闘中に、アルベルの体重で脆くなった枯れ木がとうとう折れたのかもしれない。
しかし。結局今も、彼はその脇腹から木の枝を生やしたままだった。その肩がかすかに震えていて、どうにか生きているのは分かるものの。脇腹から生えた木、その朱の色。空気に混ざる鉄の臭い。血の気の引いた整った顔立ち。
えぐい。
身体から力が抜ける。脚が震えてまともに立っていることすら難しい。冷たい汗が全身に浮かび、頭から血の気が引いていく。視界が急速に暗く狭くなっていくのに、朱の色だけはどんどん鮮やかになっていく。……怖い。
「フェイト!!」
叱り付けるようなマリアの声。ふらふらと脚を踏み出して、しかし身体が重い。
「私もネルも補助呪紋は使えないのよ! ベリーも節約したいんだから!!」
分かっている。分かっているが、早くしなければと焦るのに、身体が動かない。どんどん重く冷たくなっていく。
不意に、ぽんと軽く肩を叩かれた。大股のクリフに追い抜かれ、その青い目がちらりとフェイトを見て苦笑するように細くなる。
「おいマリア。悪いな、こいつ血がダメでさ」
「……そうなの。じゃあクリフ、あなたが早くヒーリングかけてちょうだい」
「マリア、ヒーリングの前にフレッシュセージで蘇生させないと」
この枝も抜かなきゃダメだね、今は刺さったままだから出血が抑えられているけど。
フェイトは、遠くにそんな会話を聞きながら必死に動かない脚を引きずる。仲間のピンチなんだ、こんなことに怯えていてどうする。自分を叱咤するのに、しかし身体は相変わらず力が入らない。
「フェイト、無理しなくていいぞ。そこらへん敵が来ないか見回ってくれ」
――声が、遠いんだ。

◇◆◇◆◇◆

役に立たないフェイトの存在は無視された。ネルが荷物をあさってフレッシュセージを取り出し、マリアがアルベルの脇に座り込む。クリフはそのマリアのサポート。
「アルベル!! 聞こえてる? 枝を抜くわ、痛いけどがんばって!」
ネルが戻ってきたのを目の端に見ながら、声をかけたマリアが血に濡れた木の枝に手をかける。背後から突き刺さった枝は、仰向けに倒れこんだためむしろ脇腹のほうに大きく突き出している。貫通させた方が抜きやすいと判断して、しかし血にぬめってうまく力が入らない。力仕事が得意なクリフは、しかしフェイトほどではないがだいぶ血の気の引いた顔で、怪我人を任せるのは不安すぎる。
歯を食いしばったマリアが手に指に力を入れる。なんとか少しずつ、枝が動く。
「ネル、抜いたら圧迫止血お願い。セージは私が食べさせるわ」
「分かった」
くぽ、小さな音と共に枝が引き抜かれた。ふき出す、ほどではないが血が出口を見つけて溢れ出し、ゆるゆると地面に広がっていく。マリアにフレッシュセージを渡したネルが、顔をしかめながらも即座に素手で傷口を圧迫する。
「アルベル!」
ごぽり。肺に血が入ったか、アルベルが弱々しく血を吐いた。顔をしかめる力もなくなったか、その表情はむしろ穏やかで。かすかに漏れるうめき、ひゅーひゅーいう咽。
「クリフ、何をしてるの早く……」
「だからマリア、まずはフレッシュセージだよ!」
「あ、そうねネル。アルベル、ちょっと……ああもう意識がないわね!?」
言う間にも傷口から血は流れていた。圧迫止血にも限度がある。
時間がない。

手に持ったフレッシュセージをちらりと見たマリアが、厳しい顔をするとアルベルの元にかがみ込んだ。唇を合わせて、口内の血、呼吸を妨げているそれを吸えるだけ吸い出して吐き捨てる。もう一度、今度は舌を伸ばしてできるだけかき集める。
「……っ」
吐き捨てて、口元の血をぐいと手で拭い取ると、そのまま握りしめていたフレッシュセージを口に放り込んだ。適当に咀嚼して、呆気に取られているクリフを尻目にさらに唇を合わせる。口の中のものを舌で押しやり、口移しで呑み込ませる。
――鉄さびた臭いと青臭いにおいで、気分が悪い。
「……アルベル!」
効果は劇的だった。
紙のように白かった顔に、わずかではあるが血の気が戻る。あえぐような息に、胸が浅く深く上下する。口に残っていた血を変に呑み込んだのか、顔をしかめて苦しそうにむせ返る余力すら出た。
「クリフ、ヒーリングを」
口元をアルベルの血で染めた、壮絶な顔のマリアににらまれて、別の意味でも固まっていたクリフが我に返った。あわてて呪文を詠唱し、そのてのひらからやわらかく温かな光。
「ヒーリング」
震える声に振り向けば、むしろアルベルよりも蒼白な顔をしたフェイトが同じくヒーリングを唱えていた。
――もう、大丈夫だ。

◇◆◇◆◇◆

「まったく魔法サマサマよね。普通なら助からないわよあんな怪我」
「……悪かったな」
荷物をごそごそしながらのマリアの言葉に、怪我は治ったもののさすがに貧血気味のアルベルがけだるそうに答える。まだ早い時間だったが、主戦力の一人がいまいちへろへろしているので、今日は早めにキャンプすることにした。
「飲み水は確保したのよね? 水場で身体流してくるわ。べたべたして気持ち悪いし、臭いでモンスター寄せるのはいやだし」
「ああ」
「ネルは?」
「あ? なんかクリフが魂抜けてたから、あっちでなんか騒いでるだろ」
具体的に自分がどう蘇生したか知らないアルベルは、うっとうしいものに近寄りたくないと苦い顔をしている。
「そ、ありがと」

「ネル、水浴びに行きましょ。お互いすごい格好よ?」
さくさくと近付いて来たマリアに、地面に座り込んでぐちぐちとつぶやくクリフをいなしていたネルがどこかほっとした顔で腰を上げた。同時に勢い良くそのクリフが顔を上げる。
「あ、ああ……そうだね」
「あ、マリア! ありゃ治療なんだよなそれ以外の気持ちはカケラも入ってないんだよななあなんとか言えっておいマリア!?」
「クリフうるさい」
硬直するクリフ、苦笑するネル。会話の隙に、やはりクリフの相手をしていたフェイトが立ち上がった。マリアに大きく頭を下げる。
「マリア。さっきはごめん! 全然役に立てなかった」
「気にしてないわ。まあ、ダメなモノはしょうがないし」
一言で黙らされたクリフと一緒に、あっさり遠ざかる青毛と赤毛を眺めるフェイトが深い息を吐いた。今度こそ完璧にいじけて、地面にのの字などを書いているクリフを半眼で見下ろしながら、さらに嘆息する。
――かなわないなあ。
女性の方が血に強いという理由は納得できるけれど、自分が血に弱いのは仕方がないことなのかもしれないけれど。それがなくても、あそこまで強くなれるとは思えない。
ぼけーっとしているアルベルを振り返りながら、その向こうの朱の色からはあわてて目をそらして、
あのアルベルも勝てないよなあ。僕も、ここでいじけているクリフも。
……ま、別にいいけど。
そう結論を出して、涙にむせんでいる大男の元にしゃがみこむ。
「とりあえず、うっとうしいからいい加減にしろよ?」

にっこり。
一見純白の、しかしどす黒い笑顔に。さらなるダメージを負ったクリフが地に沈んだ。

―― End ――
2003/09/21執筆 2004/05/16UP
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[最終修正 - 2024/06/26-14:43]