軍事国家アーリグリフ領内、鉱山の町カルサア。フェイトたち一行は、数日前からこの町で主に鍛冶のクリエイションに明け暮れていた。
――一応、そういうことになっていた。

―― Weinselig

「……また呑ませやがったのか。こりねえなてめえも」
バー「アイアン・ストマック」に、クリエイション途中で姿を消したフェイトを発見したアルベルはげんなりとうめいた。頭をかばうように丸くなって床に伏せていた青髪の青年が、その声にこわごわ顔を上げて周囲を見回している。その視線が一点に固定されてしばらく経ったあと、小さく安堵の息を吐いたのをアルベルは見逃さなかった。
店内は嵐でも吹き荒れたあとのような惨状だったりする。
「阿呆」
「いやだってひょっとしたら今日のはいいかもって期待するじゃないか!」
「しねえよ。……てかするな」
「どうせ酒呑むなら、綺麗どころと酌み交わしたいじゃないか!!」
「別の女誘え阿呆。こいつなんて最悪の人選じゃねえか」
低く低くアルベルがつぶやき、赤い目線が指した先。なぜか店中のテーブルというテーブル、椅子という椅子が引っくり返って、他の客が逃げ出し店主が怯えた視線を向けた先に、すやすやと安らかな寝息を立てる赤毛の女性の姿。どうしても太股あたりに視線が吸い寄せられる、非常に微妙な格好で横になっている。
同じく彼女の太股の施文をじっと見つめるフェイトが、はーっ、と深い息を吐いた。やれやれと肩をすくめる。
「酒なんて美女と呑んでこそだろ。分かってないなあ」
「だからなんでこいつに呑ませるんだ」

おそらく、クリエイションをサボって呑んでいるところを生真面目なネルに見つかって、説教を食らうのを嫌がったフェイトが言葉巧みに呑ませたのだろう。
アルベルは頭を掻いた。
懐に余裕のある今、特筆するほど鍛冶の腕が良いわけでもないフェイトやネルが抜けたところで、別にアルベルはかまわない。人が汗水たらして頑張っている間クダ巻いていたというのは面白くないが、まあだからどうしたと思う。心底そう思う。のだが。
――が。
普段はどうしようもなく堅物で生真面目でうざったいほど他者に気を使うおせっかいな女が。酒乱という言葉を鼻で笑いたくなるような酒癖の持ち主だったのを知ったのは、一体いつだったか。
とりあえず、――知ったその日は、鳩尾はじめ急所に数発食らった彼自身が悶絶する羽目になった。その後それとなく周囲に話を聞いたところ、どうやらその酒癖は毎回違うらしいと分かった。
ただし、いつも周囲を怯えさせるような酒癖らしいことも分かった。
面倒ごとも厄介ごとも、とにかく巻き込まれることが嫌いなアルベルは、今後絶対にネルに酒を呑ませない――というか、ネルが呑む現場に居合わせないようにしようと堅く堅く心に誓ったりしたのだが。

◇◆◇◆◇◆

「……まあ、とりあえず……てめえはここをどうにかしとけ」
「えー」
「元凶が誰か分かってんだろうな!? ――酒瓶ひっくり返したわけでも血の海ってわけでもねえから楽なもんだろうが」
「アルベルは逃げるのか」
へー、ふーん。……などとわざとらしく言う、まだ酔いが残っているらしいフェイトに蹴りを一発ぶち込んでから。アルベルは息を吐いた。
「……店主、迷惑かけたな。こいつ片付けにこき使え。俺が許す」
地元だけあって顔も名も知れ渡っている彼に、それまで凍り付いていた店主がこわごわうなずいた。それを横目で見ながら、アルベルは安らかに眠りに就いているネルの元にしゃがみこむ。
とりあえず。
「――起きろ。宿に戻るぞ」
なんだってこんなことをしているんだと素朴な疑問を抱えながら、頬をぺちぺち叩いてみる。なめらかな肌の感触に何だか血が騒ぐ。
しかしネルは無反応。相変わらず平和な眠りに就いている。
「……ったく……」
自分もずいぶん丸くなったものだ、と深い息を吐きながら、細い肩に手をかけた。とりあえず身体を起こしておいて、担ぎ上げようと細いウェストあたりに手を伸ばしたところで、予告なく紫がぱっちり開く。
「……っ、」
別にやましいことをしているわけでもないのに、思わず息を呑んでアルベルは固まった。

◇◆◇◆◇◆

確かに、自分が悪かったのは分かっているので。比較的素直にその場の片付けを開始することにする。
まずはテーブルを元に戻そうと、アルコールが残っているせいでどこかふらふらしながらフェイトが立ち上がった。ネルさんすごいなあんな細い腕してるのに、などとぼんやり考えながらとりあえず手はじめに一つ元に戻したところで、ふと視界のすみに見えたもの。
……激しく間違っているものがあったような気がする。
「……えーと……?」
そんなに酔っているものか。とりあえずフェイトは目元を手の甲でこすってみた。
「…………」
ネルが。よりにもよってアルベルに。どこがどう間違ってそうなっているのか。
――頬を染めて恥ずかしそうに、しかし幸せそうな満面の笑顔で抱き付いている。抱き付かれたアルベルの方は、まさかそんなことまるで毛ほども想像していなかったのだろう、完全に硬直していてそれは見ていて笑える。
しかし、フェミニストというよりも単なる女好きのフェイトにしてみれば、せっかくの美人が自分以外の野郎に抱き付いているという状況を、笑って見ていられるはずがない。

◇◆◇◆◇◆

物騒な風を切る音が質量と破壊力を考えさせずにいられない、そんな唸る音に気付いたのはネルだった。抱き付いたままで体重のかけ方を変える。
とさり、そんな衝撃と、直後の耳が痛くなる轟音。薄く埃が立って、店主が泡を吹いて卒倒した。
「……」
「だめですよネルさんそんな男かばうなんて」
ゆらりと目線を上げた先には、にこやかな笑みを浮かべながら重いテーブル第二弾を軽々と持ち上げる青髪の青年。静かに視線を背後に移せば、床を破壊した第一段から、木の破片がころりと落ちたところだった。
無言のまま目を伏せる。呆然とした間抜け面のアルベルが、彼女に押し倒されるような形でそこにいる。
「――ああ、でもそのまま押さえ込んでくれてると避けられなくて良いかも」
ぶん、いまだ立ち直っていないアルベルの頭めがけた第二弾。緩慢に瞬くネルは、じっと動かない。ただじっと見つめ合ったまま、二人ともぴくりとも動かない。
動かなかった、のが。

ネルの腕が何気なく伸びて、アルベルの頭直撃コースの重いテーブル第二段の、その軌道を邪魔した。あ、ネルさんだめですよ怪我しちゃいますよ、とフェイトが口を開きかけた瞬間。ぱしっと子気味の良い音が響いて、
勢いはそのまま、なぜかテーブルは今飛んできた軌道を逆にたどりはじめて、
びっくりしたフェイトがそれでもその場を飛び退って避けたのと、テーブルがつい今まで彼が立っていたあたりの床を抉ったのと、そのテーブルの陰に隠れていつの間にか飛んできていたネルのナイフがフェイトの襟首を手近な壁に縫い止めたのはほぼ一瞬の出来事で、
――我に返りかけたアルベルの目にそんな一連の信じられないものが入ってきて、再び彼は唖然として顎を床に落とした。

◇◆◇◆◇◆

それからしばらく、バー「アイアン・ストマック」は営業を停止していた。フェイトたち一行に、その「アイアン・ストマック」から結構な額の請求書が届いて、余裕があったはずのパーティの懐は一気に寒くなった。事情を知っているはずの男二人は、誰が何を訊ねても黙して語らず、
――ネルの記憶は、翌朝目覚めるまで綺麗に途切れていて、

立ち直れずにもがくアルベルと、そんな彼の腕を捕らえて座りきった目で宿屋に戻ったネルの間にその後何が起こったのか。――フェイトの追求は過酷を極めたが、成果はいまだ上がっていない。

――酒を呑ませてはいけない人種が、世の中にはいることを知っておけ。

―― End ――
2004/05/28執筆 2005/01/09UP
パーティ
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Weinselig
[最終修正 - 2024/06/26-14:44]