それはきっと「女の子」ならではの。

―― Korperpflege

「あのね、フェイト……」
「え?」
くい、と服の裾をつかまれて。ずいぶん久しぶりのような気がするその感覚に、フェイトはきょとんと瞬いた。ゆっくり振り返れば、大切な幼馴染のすっかり見慣れた愛らしい顔。
――この幼馴染に、フェイトは弱い。むしろそもそも女性全般に、彼はひたすら甘い。
ともかく、フェイトはもうひとつ瞬いて、
「何だよ、ソフィア?」
「あのね……」
少しだけ気持ちをきりかえて雰囲気に流されてたまるかと無理に気を引き締めて、ほんのかすかに口調を強めに訊ねれば。
彼女は物憂げにゆっくり瞬いて、ためらうように視線が脇にずれた。
きゅっと小さくなった唇が、フェイトの目にはやけに艶めいて見えた。
「……ソフィア?」
「お願いがあるの」
小さくつぶやいた直後に上目遣いに見られて、こうなるともうよほど無茶な「お願い」でも叶えなくてはいけない気持ちになる。どんな不可能でも僕に任せとけと、思わず安請合いしてしまいそうになる。
そのどこまでをソフィアが分かっているのか、フェイトには分からないけれど。
「フェイト、あのね、」
ともあれ。
意を決したようにソフィアが口を開いて、
フェイトはもう、抵抗する気力がまるきりどこかに消えていて、

◇◆◇◆◇◆

「ええと、そんなわけで。クロセルのとこまで行こうと思うんだ」
「どんなわけよ、フェイト」
絶妙のタイミングで、マリアがえぐるようなツッコミを入れてきた。理知的な彼女を納得させるには。理詰めで説得しようにも、そこいらへんの理屈を事前に考えることを忘れていて。
フェイトはとりあえずあははと笑う。
絶対零度の視線が突き刺さる。
さすがにそんなことで誤魔化されてはくれないか、と、ここでこほんと咳払いをひとつ。
「あのさ……、
この前この星出るときにクロセルにはずいぶん世話になったけどさ、それきりだろう? ふと思い出してさ。だから、一回くらい様子を見に……」
「先を急ぐ身よね、私たち。こうしている間にも、銀河系の崩壊は、」
「マリア。何かをしてもらったら礼を言うのが「常識」だろう?」
「……おいおい、ここでお前が礼儀持ち出すのか? 何企んでやがるんだよ、フェイト」
面白いものを見るような目で静観していたクリフが、そこでいきなり割って入ってきて。胸元で握りこぶしを作ったソフィアが、そんなクリフにまるでつられるように一歩前へ踏み出して。ネルが向こうの方で、大げさに肩をすくめているのが見えて。
フェイトは彼の胸倉をつかみ上げているマリアの手を、そっと両手で包み込んでみた。
ぎくり、きっと免疫がないのだろう。手タレにでもなれそうなきれいな手がこわばる。
「先を急ぐ身だって、たまには休息も必要だよ……! マリア、なんだったらここで待っていてくれてもいいんだ」
「……クリフじゃないけど、本当に何か企んでいるみたいね」
「企むだなんて、そんな!」
虚を突かれたうろたえが、彼の台詞でなぜかきれいに消え去った。失敗したなあとこっそり反省しながら、フェイトはやわらかく笑ってみせる。
ええとええと、
笑いながら間をはかるふりをしながら、フェイトの脳ミソが高速回転する。
「僕はただ……、」
「ただ?」
――あ、そうだ。そうだよ!
「取り逃した宝箱があったりすると悔しいじゃないか!!」
援護しようと思ったのか、勢い込んでまた一歩踏み出しかけていたソフィアが。
フェイトの視界のすみで、なんだか大げさにこけたのが見えた。

――というのが、その日の朝食直後のこと。

◇◆◇◆◇◆

現在地、エリクール二号星はベクレル山道。もしくは河岸の村アリアス出口付近。
結局、パーティ全員でウルザ溶岩洞最奥までぞろぞろ向かうことになった。
とりあえずはソフィアが一番張り切っていた。マリアが一番不機嫌だった。
機嫌の悪さをまるで隠そうともしないで、切りつけるように脚を踏み出しながら半眼でぐちぐちと、
「こんなことしている暇はないのよ……、さっさとジェミティに戻って、」
「まあまあ。大丈夫だよマリアなんとかなるよ!」
「その根拠はどこにあるのよ!?」
――マリアにはきっと、カルシウムが不足している。
なだめようとしてマリアの神経を逆なでしたフェイトがとうとう怒鳴られた。事前にこそこそとフェイトと密談していたソフィアは、そんな二人をほったらかしにずんずん先へ急いでいた。先へ急いではでっかい蜘蛛型モンスターなぞにいちいちきゃーきゃーわめき立てて、その声で新しくモンスターを寄せていたりした。そんなソフィアを守ろうというのか、降りかかる火の粉を払わなきゃなーとばかりに、どっこいしょとクリフが立ちふさがる。暴れる。
――まったく。騒がしい上に協調性というものが欠如している。

冷静というよりは心底あきれた目でそんな一行を眺めていたネルは、今度は、ハリネズミだかわいいーきゃーなどとつぶやいているソフィアのにすすっと近寄った。
「ソフィア?」
「は、はい! ネルさん……どうかしましたか? 何か怪我ですか?? 術かけて……」
「そうじゃないよ。
ただ……マリアじゃないけど、何企んでるか訊ねたくてね」
「たくらむだなんて……」
甘い甘いとしょっちゅう指摘されるネルでもさすがに、えへへ、などという笑いひとつで誤魔化されてやるほどには甘くない。はっきりしないソフィアに少し腹を立てて、かつり、わざと靴音を立てて迫ってみれば、
びくり、大げさに怯えられてなんだか弱いものいじめをしている気分になる。
ともあれ。
意味のない罪悪感を振り払うように、首を横に振ってから。
「ソフィア」
気を取り直してもう一度名前を呼べば、呼ばれた少女は逃げ場を探すようにきょときょとと周囲を見渡して、
「……あの……怒らないで、ください……」
どこにも逃げ場がないと分かると、いっそ可哀想なくらいしょげかえる。

◇◆◇◆◇◆

何をしたつもりもないけれど、どうやら身体のサイズが変わりかけているらしい。それに気が付いたのは、先日、以前は普通に入ったいつもとは違う服を着ようとした時で。
――これは、ダイエットをしなくてはと心底思った。

「暑いところに行けば、汗かくじゃないですか。汗かけば体重減るじゃないですか。
前、何かの話で溶岩がどうとかいう場所に行ったとかって……だから、フェイトに頼んでそこまで行ってもらおうと――ううん、そのまま素直に言うのはさすがに勇気がなかったから、この星って寒いところばっかりなの砂漠以外に暑いところはないのって、フェイトに話してみたんです」
追い付いてきたフェイトとマリアは相変わらず喧嘩をしていて、クリフはマイペースに歩いていて。辛抱強い聞き役のネルに、ソフィアはなんだか居心地が悪い。
真面目な顔に、あきれと怒りの色が混じっていって、それはひたすら居心地が悪い。
「……あんたと会ってからまだそんなに経ってないけど……体型なんてそんなに変わってないと思うけどね。
それよりも、ソフィア。ここいらへんは戦争が終わったばっかりで、」
「贅沢な悩みだって、分かってはいるんですけど!」
分かっている、だから素直に説明できなかった。餓死者すら出るような星で地域で、ダイエットをしたいなどとは到底言えるものではなかった。現在健康そのものの自分が、わざわざ不健康になりたい、などと。
けれど。

「でも! これ以上は……ごまかせるのって五センチくらいまでじゃないですか! それだって変に布が引きつっちゃうし!」
「?」
「今さら買い揃えるのって本当に大変なんですから!!」
「……何のことだい? せんちって……??」
どうやら長さの単位が共通しないようで。多分聞き覚えのない固有名詞と、話している内容そのものに。眉を寄せるネルに、ソフィアは力いっぱい主張する。
「バストサイズが増えたなんて、マリアさんに言ったら殺されちゃいそうな気がしますし! フェイトとかに言ったらなんだかやらしい目をするに決まってるし!!」
いざとなったら今までのままで……苦しい思いを覚悟するにしても。押しつぶすことそのものも、それで形が崩れることも、想像しただけで絶対にいやだ。
そう思ったから、実際にサイズが変わる前に何とかしたかった。
何とかしなければと思った。
「ねえ、ネルさんっ!?」
「……いや……あの、ええと……」
きっと予想外の主張に、ネルが心底困った顔をする。この話を振るべきではなかったかと、ソフィアがほんの少しだけ反省する。
そうしてかすかに反省したタイミングで、
「ミニドラコだっ! 戦闘だよ敵だからあれ!!」
フェイトの、余裕綽々の悲鳴が上がった。

◇◆◇◆◇◆

「……動けば、カロリー消費になるよ。だいえっととやらになるんじゃないのかい」
「そうですねっ!」
ネルとソフィアが言い交わして、スタッフをかまえたソフィアが珍しく物理的に突撃した。小さなドラゴンに全力で殴りかかって、たったひとりで一匹倒してから、こくりと首をかしげている。
ぐるんと振り返る。
「ねえ、ネルさーん。術と力技と、どっちがいいと思います?」
「知らないよっ!!」
話を聞かなかった人間には、まるきり分からない問いに。なぜかネルが悲鳴に似た声を上げた。

それはきっと「女の子」ならではの。
ささやかでほほえましくてはた迷惑な、そんな悩みだと思う。

―― End ――
2005/06/30UP
パーティ
OFP
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Korperpflege
[最終修正 - 2024/06/26-14:45]