そんなに今の自分に不満なのかと、
――まるで鋭く斬り込まれたようで。

―― Kindisch Marchen

「……ま、」
かすれた、いかにも呆然とした声が聞こえて、彼女はむっつりと顔を上げた。
「あの、……あのそのえと、」
そうして上げた視線が、視線の先の少女が。瞬きごとに少しずつ少しずつ、どんどん「上」へと移動する。首がだんだん痛くなって、とうとう彼女はあきらめた。
うつむいて、ため息を吐く。しゃがみこんだ身体にどうにも服が邪魔で、

◇◆◇◆◇◆

「きゃあああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁっあァっっ!!??」
肺活量の限界でも測ろうかというような、ものすごい悲鳴が上がった。
朝、宿屋にて。珍しく遅い少女二人を気にしていた残りのメンバーが、それまで半分以上寝ていたのがあわてて背筋を伸ばしてきょろきょろしたり、椅子から立ち上がった際に何をどう間違えたのか向うずねを強打して声にならない悲鳴を上げたり、何かの呪文かと思わず首を傾げたくなる不明瞭な声をぶつぶつ上げたり、眉を寄せて首をかしげてまた眉を寄せてみたり。
真っ先に我に返ったのは、同じ部屋に泊まったものの、仕事のためにひとり朝早く抜け出していたネル。身のこなし軽やかに駆け出した彼女に我に返って、あわててフェイトがそのあとを追う。物理的に痛くてその原因はまぎれもなく自分で、やるせない怒りにまごついたクリフがそれに続いて。しばらくその場に仏頂面で突っ立っていたものの、やることもないアルベルが暇つぶしにと、最後にのっそり動く。

◇◆◇◆◇◆

「二人とも、入るよ!? 何ごとだい!!??」
小さなことにもきゃーきゃー騒ぐソフィアだけれど、先ほどの悲鳴にはいつものそれにあるような余裕めいた何かが、ごっそりなくなっていたから。
だからあわてて部屋に飛び込んできたネルは、ぐるりと部屋を見回して、やがてぴしりと硬直した。
二人はそれぞれ、自分のベッドにちょこんと座りこんでいて。
そのうちの片方、至近距離でものすごい悲鳴をもろに浴びたらしい彼女がベッドに突っ伏していて。ネルが飛び込んだちょうどその瞬間、ひくひく震えながらもそもそ顔を上げようとしていた。
それは良いとして。
「……なんて声、上げるのよ……」
「あ、……ご、ごめんなさいマリアさん。
えとえと、……マリアさん……ですよね?」
批難の色いっぱいに、わたわたあわてるソフィアをにらみつける。
それもまた、いいとして。
「……別人名乗った方が精神衛生上良いって言うなら、それでもかまわないけど」
「そんなっ!」
台詞はいつもどおり、いつにも増して皮肉いっぱい。思わず大きな声を上げて、またにらまれたソフィアがしゅんとなる。
――いや、それは良いのだけれど。

癖のない青い髪、きれいに澄んだ翠の瞳。肌はきめ細かくどこまでも白く、興奮しているのかその頬がかすかに染まっている。人形めいた硬質の美貌は今も不機嫌そうなのに、それでも整った顔立ちの印象が損なわれていないあたり、誰もがきっとうらやむだろう。あまりそういったことに関心のないネルだって、正直言うならうらやましい。
――ではなくて。
髪の色瞳の色、肌の色に肌質。顔立ち。それを上げるなら、あくまでいつもどおりの彼女だけれど。
問題は。
身長は――測ったならきっといつもの半分くらい。細身の身体はその印象そのままに、しかしどこかまろみを帯びて。染まった頬はつつきたくなるふくふく感、作りもののようにきれいに整った手は、しかしぷくぷくとまるまっちくて。愛らしいけれど、彼女の身体を構成するすべてがすべて、全部小さく縮んでまるまっちくて。
パーティの女参謀にして反銀河連邦組織現リーダー、アルティネイションの能力を持つマリア・トレイターは。
現在、推定年齢……七歳ほど? にちみっちゃくなっていた。
目元をこすって見てもそれに変わりはなくて。
ネルは、これほどショックを受けているのにまるで気を失うことのない気丈な自分を、少しだけ恨んでみる。

◇◆◇◆◇◆

――まるでできの悪い作り話のようだ。
――まさかこんなことがあるなんて、自分の身に起きるなんて。

「ええと……マリア、これの心当たりは?」
「そうね――朝方変な夢を見て、能力が暴走したのかしら」
「そ、そんな淡々と、」
「……焦っても仕方ないじゃない」
いつもの上着がまるでワンピースのように、膝下まである服の裾を気にしながら。
ベッドにちょこんと座る彼女を取り囲むように、まじまじと覗き込んでくる者、部屋備え付けの椅子にちゃっかり腰掛けている者、彼女の脇、シーツがぐちゃぐちゃのベッドに座るもの、腰に手を当てて、あるいは眉間に手を当てて低くうなっている者、手近な壁に背を預けてあくびなぞをしている者。
狭くはないはずの部屋が、占領されてずいぶん狭く感じる。
「……治りそうかい?」
「治すわよ。……ちょっと方法思い付かないけど。
本当に能力なら、自力でどうにかできるはずよね……今、能力って使えるのかしら」
「さあ……」
ひょい、大きく肩をすくめたフェイトに、ちびマリアはそれもそうだと思った。思ったので手近なところにあった枕を抱え上げて――両手でそれを抱えた彼女に、なぜか悶絶している養父は見なかったことにする。
――精神を集中して、きれいに並べられた小さな細い管を想像する。それを、触らないで動かすように……さらに精神を集中する。手ではない何かが、管をつかんだ手ごたえ。ゆっくりゆっくり、その管たちを並び替えて。
「よいしょ」
「……ぶっ!!」
手の中の枕が硬くなって、重くなって支えられなくなった。成功したようだと気を抜いた瞬間、手がゆるんでそれがばたりと倒れた。
倒れた先になぜか養父の顔があって、もと枕、原子配列変換で枕型の――石のように硬く重い「何か」が直撃する。鈍い音が上がって変な悲鳴が上がって、――まあ自業自得だとちびマリアは思った。
思って、自分の手を見下ろす。
笑ってみる。

◇◆◇◆◇◆

「能力がこのままなら、最悪、この姿でも旅できそうね」
「……このまま……?」
「いざとなったらクリフにでも頼るわよ。運んでって頼めば素直に聞いてくれるわ」
「本人目の前にして言うことじゃないと思いますけど」
ナイスなツッコミに内心深く深くうなずきながら、硬いものに強襲されて遠ざかっていた意識をたぐり寄せる。幼い顔には似合わない、大人びているというよりは単に見るがわの保護欲をあおる、愛らしいちびマリアが。
ダメージからなんとか回復して、ゆっくり顔を上げたクリフに。そのぷくぷくした手を、ぷくぷくした両手を。差し出した。
「クリフ、抱っこして?」
「任せろ!」
脊椎反射でうなずいてからはっと我に返る。四方八方からちくちくした視線が集中して、痛い。けれどこの、このサイズのこのマリアに「おねがい」されて、無碍に断れる人間がいるなら見てみたい。
たとえあのアルベルでも、それは絶対に無理だと断言してもいい。

まあともあれ、ためしにやっただけではなくて本当に抱き上げてほしいらしいマリアをひょいと持ち上げる。持ち上げてからどうしようか迷って、天井に注意しながら肩車などをしてみる。
信じられないほどの軽さが、いつもも軽いけれど今は風にさえさらわれそうな軽さが。
保護欲をはじめもろもろ、いろいろな感情を彼の胸に生んで。

――このままでいてくれても良いなあ、とか思ったりした。
そんな風に思った彼を知ってか知らずか、ちびマリアのふくふくの手が、ぱしーんと景気良くそんな彼の頭をはたいた。

◇◆◇◆◇◆

――夢、
幼くなって、能力もすべての人間関係も失って、すべて一からやり直す夢。
責任すべてを放り出して、何も知らないまま。無邪気に無防備に笑っていられた夢。

そんなに今の自分に不満なのかと、
――まるで鋭く斬り込まれたようで。
心を、罪悪感が斬り刻んでいる。今も。

苛立ちを誤魔化すように、クリフの金髪をわしゃわしゃかきまぜたりその頭をぺちぺち叩いたりしてみれば。絶対に痛がっていない、なんだか嬉しそうな悲鳴が上がってそれは腹が立つ。

◇◆◇◆◇◆

――結局、原因がなんだったのか確証の持てないまま。
とりあえず今日はオフにしよう、マリア、これで旅はちょっと無理だよ、とリーダーが決めて。その一日、彼女はずっと幼いままで、ネルになついたりアルベルのまわりをうろちょろしてみたりして。
次の日目を醒ましたら、無事元のサイズに戻っていた。

原因の分からないまま。

……そうすると、また同じことが起きたりするのかしらね。
――彼女のその疑問の答えはまだ、闇の中にある。

―― End ――
2005/11/30UP
パーティ
OFP
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Kindisch Marchen
[最終修正 - 2024/06/26-14:46]