――このあと、どうしたいの?
そして問いかける声に。

―― Was nun?

「――こんなところにいたの。離れないでって、言ったでしょう?」
まるで幼い子どもを叱るような声に、ソフィアはびくりと顔を上げた。上げてからはっとそれに気が付いて、けれど隠す間もなく彼女には知られてしまったらしい。むっと厳しかったそれでも綺麗な顔に、ゆっくりと別の表情が混じる。
「泣いていたの?」
疑問形をとってはいても、それは確認で。否定しようにも見られたのは涙で、泣き疲れたぐちゃぐちゃの顔で。否定するにも説得力がないことは嫌というほど分かりきっていて。
きっと呆れられるとかたくした身体に、予想どおりのため息が降ってきた。
びくびくと見上げた先で、彼女は。さらりと耳元の髪をかきやるように手をすべらせると、
「――フェイト、」
髪で隠れているけれど、どうやら通信機でも身に付けているらしい。え、と目を見張ってもう泣き痕の残る顔を気にする余裕もなくなってあわてふためくソフィアに、けれど冷静な翠が静かに落ちてしまえばそれ以上何も言えなくなって、
「見つけたわ。連れて行くから打ち合わせどおりによろしく。……大丈夫よ、怪我はしていないわ。
ただ、ちょっと遅れるわね……うん? ええ、確かに少し不安よ。だからそのつもりがあるならネルをこちらまで誘導してちょうだい。――それじゃ、あとで」
彼女の言葉にゆっくり瞬けば、残っていた涙が頬をゆっくりすべり落ちていく。

ムーンベース、居住エリア東部。
空調の関係か、ゆるやかに風が渡って二人の髪をやさしく揺らしていく。

◇◆◇◆◇◆

「怖かったのかしら。――避難所で待っていてくれてもいいんだけど」
無造作に歩を進めたマリアが、ぽつりとこぼすようにつぶやきながら彼女の、ソフィアの脇に彼女と同じように腰を下ろした。うかがい見れば翠は彼女を向くことはなく、ただずっと見えない先のほうをにらむように見すえている。
ずっと先を、まるで未来を。まっすぐに見つめて、ソフィアを気にしてはくれない。
確認してしまって瞬きながら視線をそらして、ソフィアは上げていた顔を再び膝に埋めた。泣きたくてそうしたわけではないのに一度は忘れていたまぶたの熱さが再来して、また頬に涙がこぼれる。
情けない自分にいっそ腹が立つ。
「怖く……なかった、なんて嘘、言いません……。いきなりでびっくりしたし、怖かった……」
「でも、だからといっていきなり逃げ出して、こんなところに隠れたりしないで。みんながあなたを探しているわ。さっきのあれもそうだけど、ここにうろつく敵は強い。あなたなんて瞬殺よ、私たちだって人数少なければ苦戦するわ」

ムーンベースに着いて、サーカスの少女と再会して。少しだけ休憩をとって装備を整えて、ロキシ博士の遺言どおり彼の研究施設へ向かった。かたまって移動していたメンバーがはっと顔を上げたと思ったらソフィアは誰かに突き飛ばされて、気が付けば目の前で――代弁者、だっただろうか。彫像のような印象の「何か」と戦闘になっていて。
怖かった。悲鳴を上げる余裕さえなかった、ただ、怖くて。
「それ」の振るう攻撃や、あるいは味方の――今まで一緒に歩いていた彼らの一撃で自分だったならあっという間に死ぬだろうことが分かった。ゼロ距離でそんな戦闘を見せられて、今まで荒ごととは無縁の世界にいたソフィアに平気なはずはなかった。
そういえば似たような光景はバンデーンから開放されたあたりのどたばたで見ていたはずなのに。あの時はリアリティがなくて、まるで夢の中の出来事のような感じがしていて。今回は――今回はもしもこの場に出て行ったならきっと確実に死ぬと、雰囲気でそれが分かってしまって。
一緒に育ってきたはずの幼馴染の彼が、けれどそんな世界を普通に渡っている事実が――、

「フェイトが……みんなが。怖かった。あの場所の空気が、怖かった……!」
「あなたは今までそんな世界とは無縁だったんでしょう。仕方がないわ、それにそれは悪いことじゃない。むしろ幸せなことよ。これからもその世界が保てるかなんて分からないけれど、「平和」な世界の記憶があることは、きっととても幸せなことよ。
だから……今からでも遅くないから戻りなさい。あなたに戻る意思があるなら私たちが責任持ってあなたを送り届けるわ」
細かく震える身体、先ほどの場面を思い出して思い出すたびに薄ら寒くなる。今と同じなんでもない冷静な目で軽々レーザー銃を操った彼女が、戦闘中と同じ冷静な声で諭すように命じるように、淡々と紡ぐ声がなぜかとても遠い。
「……怖かったんです! そして、哀しかった。淋しかった。みんなが……かわいそうで、代弁者……? 襲ってきたあのヒトも、フェイトもマリアさんもみんなみんなかわいそうで、」
「? ソフィア??」
「みんな平気な顔をしてたから、終わっても平気な顔を、何でもない顔をするから。余計につらくて、見てられなくなって……」
言いたいことがあるのにちっともまとまってくれないことに焦りながら、思い付く言葉を思い付くままに吐き出していく。顔を伏せているから見えないけれど、きっとかたかったマリアの表情が崩れて、困ったようなものになってきっとあの翠は今自分に向いていて、
「分からないんです、でも涙が出るんです。こんな泣き顔、誰にも見られたくなくて、だから……」
「――私も、あなたが何を言いたいのか分からないわ。あなたなら分かる? ネル」
「……さてねえ……」
マリアとは逆方向からかかった声に驚いて顔を上げたなら。涙でうるみきった視界に、黒と、鮮やかな赤。ゆっくり近付いて、うるんだ視界に確信はないけれど、たぶん苦笑を浮かべている。
「この娘は、敵と、そしてあたしたちのために泣いているのかい?」
「そうみたい。――私には分からないわ。理解できない」
すたん、きっぱりした動きでそのままネルが腰を落として、ソフィアは彼女たちにはさまれた格好になる。間近なほのかな体温が、またソフィアの涙を誘う。

◇◆◇◆◇◆

「敵が……さっき襲ってきたようなやつらが、かわいそうだって?」
静かな声に、そうですと肯定もできなくなってうなずいたなら。とん、肩に軽く体重が、ネルの体重がかけられてびっくりした。そこに存在する確かさと、やわらかなぬくもりに。涙の波が消えない。
「そして、あたしたちもかわいそう……か」
あるいは苦笑するような静かなつぶやきに、またゆっくり涙がこみ上げる。
「分からないな……マリア、悪いけどあたしも分からない。けど、」
「けど?」
「分からないけど嫌悪感はないよ。気持ち悪くないし、むしろ嬉しい。
……いい娘だね。この娘は思ってたよりずっとしっかりしていて、やさしい良い娘だ」
「そう……」
「あたしはもう失くしてしまった、マリアもきっともう持っていない何かを持っているんだろうね。そしてこの娘なら、ずっとずっとそれを持ち続けることができるんだろう。
うらやましいじゃないか。……この娘はあたしとは違う」
「……そう、ね……私も、分からないけど気持ち悪くはないわ。でも、だからこそ私たちと一緒に連れて行って良いものかどうか悩むのよ。
守る余裕がないわけじゃない、たぶんそういう意味じゃなくて。
――ソフィア、本当に。ついて来なくても良いのよ? さっきのあんな戦闘、きっと一日に何回も見たくないでしょう」

◇◆◇◆◇◆

仲間はずれにされていると思っていた、戦闘に関することなら確実に足手まといだろう自分に。けれどマリアがうわべだけではなく彼女のことを心配してくれて、ネルは分からないと言いながらもきっとなんとなく分かってくれていて。
そんな彼らからはなれて心配を迷惑をかけてしまった事実が申しわけなくて、けれどまだ涙の気配は去ってくれなくて。

ネルがゆるく体重をかける肩とは逆の方に、また一つ重みを感じた。それはマリアだろうと思ったら、不器用に精一杯気にかけてくれているのだろうと思ったら、
「ごめんなさい……」
涙で、声が詰まる。立て直すにはまだもう少し時間がかかる。
「しかたがないから、待っていてあげるわ」
「泣ける時に泣いておくのは悪いことじゃないよ」
声が降って、それがやさしくて、ぐちゃぐちゃだった心が少しずつ落ち着きを取り戻して、

――このあと、どうしたいの?
そして問いかける声に。

ソフィアの心は、きっと、

―― End ――
2006/06/18UP
パーティ
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Was nun?
[最終修正 - 2024/06/26-14:46]