――終わりの見えている恋は。
――淋しかったけれど、でも。

―― Toten Lied

胸が苦しい。息苦しくて大きく空気を吸っても楽にならなくて、次の息は吸おうと思っても吸うことができない。苦しくて苦しくて苦しくて。視界があっという間に涙で潤んで何も見えなくなっていく。指先が冷たくて身体中が冷たくて、身体の芯に大きな氷の塊があるような、鋭い氷柱のようなものを呑み込んだような。息がつらくて苦しくて寒くて、身体中どんどん熱を奪われていく。
ディオン……!
いつでも優しくて聡明で、誰にだって自慢できる大切な人は。今は真っ白なシーツに横たわって、身体中包帯でぐるぐる巻きになっている。
――ああ、ディオン。これじゃあ、まるで……!

この部屋に入ったときから気が付いていた。呼吸が浅くて青い顔からは血の気が失せていて、なんだか……きっと気配と呼ばれるのだろう存在感が、ひどくひどく薄かった。彼のベッドの枕元に、誰にも見えていない、けれどわたしには馴染みの深い黒い影がうずくまっていた。
「それ」の正体は、なぜだろう、最初に「それ」を見たときから知っていた。身体が弱いわたしだからではなくて、多分きっと生き物すべて、「それ」を目にしたなら分かるのだと思う。分かった瞬間自分の命の刻限を思い知るのだと思う。
けれど。「それ」を見る人間が自分以外にいるだなんて、今まで考えたこともなかったのに。

多分、そぶりを見せないけれど「それ」が見えているディオンが。見えたことできっと悟ってしまったディオンが。ネル様に頼んで、彼の私物の中から千本花を取り出した。
きれいに几帳面に編まれたそれは、そこに込められた願いは涙が出るほど嬉しい。彼とわたしが同じ望みを抱いていたのだと知るのは、とてもとても嬉しい。真剣な願いの半分が叶った、自分自身の願いもディオンの願いも叶った。それは確かに嬉しい。
でも。
でも……!
どんどん血の気の失せて行く顔。掠れのひどくなる声。瞳の焦点がだんだんぼやけていくのが分かる、呼吸が浅く速くなるのが分かる。
枕元の黒い影が、どんどん濃く深くなるのが。視界の端に見える。
怖くて苦しくて、息が吸えない。胸の奥の喉の奥の氷の塊が大きくなっていく。

◇◆◇◆◇◆

置いていくのは。
彼を残して去るのは、わたしのはずだったのに。
わたしが先で、彼があと。それを疑ったことなどなかったのに。今まで一度としてなかったのに。

黒い影が、「死」が。いよいよ大きく手を広げた。静かに優しく、まるで誘うように手をのばした。拒否することのできない、圧倒的な甘いものが。優雅に大きく広がっていく。
置いていくはずのわたしが、今、置いていかれようとしている。「ごめん」と「ありがとう」と「さようなら」が、ディオンの目に浮かんでいる。それを読み取ったわたしに気付いて、ディオンが優しく微笑んでいる。
――待って。
――これは、何かの間違いだ。
――彼は生きるべきで、死ぬべきはわたし。苦しくて苦しくて、いっそ死んで楽になりたい気持ちは、わたしだけのもの。ずっとずっと昔から、それは決まっていたはず。
――それを。今になって、
――覆さないで……!

黒い影に手を伸ばす。
――待って。
――わたしの命を、あげるから。
――連れて行くべきは、わたしなの。
――彼じゃ、ない。彼は生きなきゃいけない。
掠れきった声でわたしの名前を呼ぶディオン。呼び終わるまで待つつもりらしい「死」の影。息が苦しくて胸が痛くて、声が出せないわたし。
――待って……!
「死」がそしてわたしに差し出した、誘うように差し出したてのひら。
――……ああ……!

――最初から終わりが見えていた。
――この前ディオンと逢ったとき、「漠然とした予感」は「鮮明な確信」に変わった。
――わたしは、もうすぐ死ぬ。
――彼を置いていってしまう。
けれど実際はわたしの生命が尽きる前に、ディオンの方に「死」の影が舞い降りた。
けれど。
こうして、同じ「死」がわたしに手を差し出したのなら。

◇◆◇◆◇◆

――これは、エゴです。
――先に行くのは淋しい、置いていくのは心苦しい。
――先に行かれるのは哀しい、置いていかれるのは悔しい。
――できるなら、一緒に逝きたいと。そう思った心は。
――エゴ、です。

脱力したディオンの姿を最後に、わたしの視界も暗く闇に閉ざされていく。浅はかで利己的な願いを抱いてしまったわたしは、きっとディオンと同じところには逝けない。
でも。
着いた先は分かたれても、その道行を。一緒にいられるのなら。

――身体から、力が抜ける。身体中が冷たくなる。息が、できない。
視界が、
けれどわたしは幸せです。この「死」に、感謝したいです。
心、から。

―― End ――
2005/04/23UP
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Toten Lied
[最終修正 - 2024/06/26-15:08]