体質、というのがある。努力で思う方向に傾けることは可能かもしれないけれど、根本的にその人の一生について回るものがある。
それは当人の意識に沿っているなら、いちいち気にしないもので。
意識するとしたら、それが当人の意に沿わないものだという場合が、圧倒的に多くて。
「いやあっ!?」
いきなり上がった悲鳴に、驚くより先に。マリアは無言で、力いっぱい手近な銃把を握り締めていた。一挙動で引き抜いて、かまえる。
かまえたその先、悲鳴の主の視線の先には。
「……た……体重計……?」
「いやっ、な、なんで……っ!? なんでこんなに増えてるのぉ……」
半泣き、どころは八割方泣いているのはソフィア。流れるように警戒心丸出しで銃までかまえて、けれどそれが思いきり見当外れだったことに気が付かずにはいられなくて。なんだか決まり悪い顔をしているのは、マリア。
とある町のとある公共浴場の脱衣場にて。
時間か単なるタイミングか、そこに今、二人しかいなかったのは幸いだった。
「今朝は……トーストとハムエッグとサラダ……カロリーは、ええと……」
夢を踏むような足取りでそこから降りて、通訳のために片手に持っていたクォッドスキャナを操作しながら、ひたすらぶつぶつ言っている。今日食べたもの、今日の行動、昨日食べたもの、昨日の戦闘回数……よくもまあここまで細かくおぼえているものだ、と思わず感心するほどに。スキャナでカロリー計算をする手は、いっこうに止まる気配がない。
そんなソフィアに存在を忘れ去られたマリアはマリアで、ふと気になって。
何気なく、本当に何気ない気持ちで先ほどソフィアに大ダメージを与えたそれに片足を乗せた。少しばかり緊張しながら、そして次の瞬間にはしっかり両足を乗せて。
そして。
そして出てきた数字に。
――彼女は大きく息を吐いた。
「……な、なんだい二人とも」
――一体何があったんだい?
ネルが目をむいている。ものすごい勢いでスキャナの履歴を――履歴の中にある情報を整理しているソフィアはその声にきっと気付いていない。気付いているものの、たった今喰らったダメージが予想外だったマリアは、自分で掘った穴からなかなか脱出できない。
「敵かい? 何かよく分からないのが出たとか!? ていうか、何でまたそんな格好で、」
「……違うわよ、」
上げた声はささやくほど、それでも返ってきた答えにばばっと身体ごと向いたネルから露骨に目をそらして。ずぶずぶと後悔、もしくは自己嫌悪の泥沼にはまるマリアはそれ以上何も言う気力がない。
そうしてソフィアと二人、脱衣所でタオルを身体に巻きつけたままの半裸の状態で。
黒い雰囲気を背負い込んで、動かない。
――動け、なかった。
後悔なんて、したくないのに。
……後悔?
……そう、後悔。
ある意味では自業自得と分かっているものの、改めて数字という現実を目の当たりにすると、どうしても動揺しないではいられない。悪いのは自分と分かっていても、それでもだからといって納得できることばかりとは限らない。
だから。
「――そんなわけで!
わたし、今日からダイエットしますから!!」
「……またか、ソフィア。今度の目標は?」
「ええとね……じゃなくて! フェイト、セクハラだからねその言葉だって!!」
そうしてソフィアが宣言したのは、いい加減骨休めも終了ということで町を出るときだった。骨休め、つまりは自由行動だったメンバーが全員集合して、そこで前起きなしに宣言した。
……ちなみに「そんなわけで」も何も、説明などかけらだってしていない。
ともあれぎゃーぎゃーわめくソフィアは、つまり自分ひとりだけではダイエットを完遂する自信がないのだと思う。こうして誰かしらに宣言することで退路を絶って、何としてでも決意を実行に移すつもりなのだと思う。
それはそれで、いじらしい戦術だと思いながら。
マリアの方はと言うと、そんな宣言をしたソフィアの手前ということもあって、何も言うことができなかった。いや、性格から最初から宣言をするつもりはなかったけれど、ソフィアのそれでぽろっとでも口に出すタイミングを完全に見失った。
食事は誰が作るんだ、そんなの各自でやってよ今わたしの前に食べもの出さないで、おいおい食事係の言いだしっぺだろ嬢ちゃん、うるさいです黙ってくださいもう決めたんですから目標達成するまではぜったにやりませんから。――そんなやりとりを聞くとはなしに聞きながら。
ダイエットを宣言したソフィアに微妙な感情を抱きながら、マリアは内心決意を固めた。
――逆ダイエットをしよう、と。
今回ソフィアが太った要因は、マリアのにらむ限り戦闘直後の体力回復のため、こまめに取っていた間食。いくらカロリーを消費しても、そうやってその片端から摂取していれば減るものも減らないだろう。
つまり。
そうやってカロリーを摂取すれば確実に太るはず。
きっとソフィアのダイエットよりも、逆ダイエットは簡単に違いない。
……だめだった。
「マリアさん? 体力、大丈夫ですか??」
「……あんまり大丈夫じゃないわね……」
これ全部飲んだらダイエットにならないから、と妙な理屈から精神活性剤をほんの数口飲んだだけのソフィアに訊ねられて。至高のドラ焼きなどを手に持ったマリアは、ほんの数口分それを口にしただけのマリアは。ただ静かに首を振った。
戦闘直後、各自それぞれに失った体力精神力を回復させたり、回復させないでただ次の戦闘に備えたりしている。
「食べるなら、ちゃんと食べなきゃダメですよ」
「分かって、いるけど……」
――甘いものは好きだから、と何も考えずにこれを手に取ったのは失敗だったかもしれない。
マリアはつやのある餡子がぎっしり詰まったそれを困った顔で見下ろす。
――逆ダイエットをしようと決めた。
――決めた、けれど。
――こうやって戦闘後にこまめに間食を取れば、カロリー過多できっと脂肪に変わる。
――その理屈は間違っていないと思うけれど。
「……食欲、ないのよ……」
正確には、このぎっしりの餡子がつらい。重い。味にもボリュームにも文句のつけようのないそれだけに、今のマリアには余計につらい。
「……どうしよう……」
「それってなんだかうらやましいんですけど」
一人困るマリアに、その独白にソフィアが半眼になる。
もともと食欲の薄いタチだった、抱えたストレスは大体の場合食欲の減退に出ていた。それが特に出自の秘密を知ってから、薄い食欲はさらにどんどん落ちていて。その状態に、この重いドラ焼きはまったく予想外に大敵だった。
マリアはひたすら困る。
先日、体重が予想以上に減っていて。このままではきっと、健康に影響が出ると思った。少なくとも体力方面にはもう出ているような気がする。それに、ただ銃を放つだけならあまり関係ないものの、接敵した場合接近戦をしなければならない場合。
体重はそのまま攻撃力に影響する。
――単なる戦闘面ではなくて、余計にくっついたこの能力は目的達成に欠かせないから。だからマリアは、マリアとソフィアとフェイトの三人はこのたびから脱落することが叶わないのに。パーティにくっついてきている以上は、それなりに戦うことができなければならないのに。
それなのに。
ドラ焼きを一口分ちぎって、覚悟を決めて口に放り込む。咀嚼するより先に、つき抜けた甘さに吐き気がこみ上げる。それでも半ば以上責任感から、吐き気を無視して無理に口の中のものを呑み下して。
体力はわずかに回復したかもしれないけれど、もうこれ以上は無理だと思う。
思うけれど、それでも食べないと、
「マリアさん……でも、何もそこまで無理して食べなくても、」
確かほぼ絶食二日目のソフィアは、最初こそ刺すような抉るような目でそんなマリアを見ていたけれど。今にも倒れそうになりながらも必死で食べ続けようとする青い顔のマリアに、なんだか複雑な顔をした。
きっと彼女なら、こんなもの普通に食べられるに違いない。普通に美味しく食べて、健康的な範囲で少し体重は増えるかもしれないけれど、本人はそれを嘆くかもしれないけれど。
マリアの立場から見れば、むしろそんなソフィアの方がよほどうらやましいと思う。
マリアの思惑に気付いているのかいないのか、目はうらやましい、と素直に語っていたけれど。同時に同情にどっぷりつかったソフィアが、マリアの脇で大きく息を吐く。
体質、というのがある。努力で思う方向に傾けることは可能かもしれないけれど、根本的にその人の一生について回るものがある。
それは当人の意識に沿っているなら、いちいち気にしないもので。
意識するとしたら、それが当人の意に沿わないものだという場合が、圧倒的に多くて。
隣の芝生は、きっとこういう部分でも青々と茂っていて。
「……美味しく食べないなら、材料にも失礼ですよ……」
「分かって、いるわよ……」
うめくように、ささやいた会話に。
二人は重く重く息を吐き出した。
――ちなみに。
結局ルシファーを倒すまで、二人の正反対な体重改善の目論みは、達成できなかったらしい。そして互いに、互いの体質を心底うらやんでいたらしい。
とりあえず、パーティの食事当番が役目を返上して、それ以外のメンバーがひたすらにとばっちりを受けたことを。
最後に付け加えておく。
