――この歌があなたに届きますように。

―― Grabgesang

「ネル……?」
シランドまで報告のために来ていた。そこでふと、以前の戦争での借りを返すのだと、そういつか笑っていたもう一人のクリムゾンブレイドを見つけて、クレアは瞬いた。
鮮やかな赤毛を揺らす黒衣の女性は、見た目こそ彼女の知る人物とそっくりだったけれど。
その目が、……まるで見たことのない色をたたえていて。

――うつむき加減に彼女がたたずむそこは、確か……。
思いながら足は駆けはじめている。本当は窓を飛び越えて行きたいけれど、さすがにそうもいかない。二階程度の高さなら仮にも国内最高位の隠密、最近はデスクワークばかりのクレアはどうとでもなるけれど、ここは王城、やんちゃにも限度がある。
だから気ばかり焦って、焦る気持ちを抑えるために。
礼儀にかなう程度の速さで、ネルの元に急ぐ。

◇◆◇◆◇◆

――あそこには、確か、
――……ああ、そうだ。

この間の戦争で生命を落とした男女、ディオンとアミーナの墓がある。
王城に勤めていたディオンはともかく、アミーナの方をどこに葬るのか。アリアスに来た伝令兵が話の合間にそんなことを言っていた。
クレアにはそんな程度の認識しかなかったけれど、話では、確か青髪の青年が二人にずいぶん入れ込んでいたとか。それが誰なのかクレアにはすぐに分かったし、彼が関わっていたとなると、

◇◆◇◆◇◆

「……ネル!」
「ああ、クレア……久しぶりだね。こっちに来てたんだ」
「たまたま用事があったから。
……それよりもネル、一体どうしたの? ひどい顔してるじゃない」
「そんなことない、あたしは元気だよ」
やっとの思いでそこにたどり付いて、勢い呼びかけたなら、同僚にして幼馴染の顔がゆるりと彼女に向いた。

この前会ったときよりもかすかに精悍さが増した。
この前会ったときよりも雰囲気が張りつめたものになっている。
この前会ったときよりもきっと格段に強くなって、
この前会ったときよりも、何だか今は余裕がない。

――目に、何だか生気がない。

◇◆◇◆◇◆

再会の抱擁もそこそこに、心配したクレアの顔にどうやらネルは驚いたようだった。ゆるく首を振って否定して、そして墓石に目を落とす。
疲労とか、そういうものではない、
……こんなネルは、

「何があったの、ネル」
「……いろいろあったよ。いろいろあったけど、なかなか説明できないな。
こんなんじゃだめなのに、分かってるのに。何だかうまくいかないんだ」
「……ネル……」

確か、アミーナには身寄りがないとかで。結局ディオンと同じ場所に葬ることになったのだろうか。誰が気を利かせたのか、寄り添うように並ぶ二つの墓石にネルがまた向き直って、ぶつぶつとつぶやきはじめる。
責任を背負ってそれに答える自分の性格を知っているのだろう、死者に誓って、その誓いを新たにして――けれど、それがどうやらうまくいっていない。
何があったのか、ひどく落ち込んでいる。

――こんなネルは、彼女の父の死を知ったとき、一回だけ見たことがある。
――何もできない自分に絶望して、何もできなかった自分を憎悪して。ただひたすらに落ち込んでいたネルを、クレアは過去に一回だけ見たことがある。

きっとあのときと同じ悔しさにクレアは唇を噛んで。
……あの時は、一体どうしただろうか……?

◇◆◇◆◇◆

脇から上がった豊かな歌声に、ネルはびくりと身をすくませた。それだけ気を散じていたのか、いつの間にか相棒がそばに――いや、駆け寄ってきた彼女を覚えている、何か会話を交わした。内容は覚えていないけれど、そんな記憶はある。
――あたしは、一体……?
瞬くネルにウィンクがひとつ。歌声は、魂を黄泉に導くという歌は透き通るように高く、それは生者の、ネルの心もまるで洗うようで。

――何があったのか、と訊ねられればきっと何もない。
――ただ、自分の無力さに歯噛みしていた。
――フェイトに借りを返すために、戦争のとき散々世話になった借りを返すために同行しているのに。
――最近事態がまるで理解できなくて、そんな自分に歯噛みしていた。

――これではいけない、と焦っていた。
――どうにかしなければ、と気ばかりが焦って。
――そういえば、と教えてもらった二人の墓に参る際、誓おうと思った。
――焦った頭はロクなことを思いつかなくて、けれど何かを誓おうと思った。

――その焦りが、クレアの歌声でゆっくりとほどけていく。
――視界がゆっくりとクリアになっていく。
――自分の役割、すべきことが、なんだか見えてくるような気がする。

――この歌があなたに届きますように。
まるでその歌は、クレアはそう歌っているようで。

◇◆◇◆◇◆

「――ありがとう、クレア。素晴らしい歌だった。二人も喜んでくれるだろう」
「あなたも? ネル、あなたも喜んでくれたかしら」
「え? ……ああ、そうだね。
なんて言ったらいいのか、そう……まるで生き返ったような気がする」
「ふふ、それはきっと大袈裟だけど。
あなたに届いて、良かったわ」
「……え……?」

「お帰りなさい、ネル」
陽光さえ、先ほどとは格段に明るさを増したような。
そんな世界で歌い終わったクレアが笑って、

「……ただいま、クレア」
ネルもまた、ほっと気をゆるめて心をほころばせる。

―― End ――
2006/01/14UP
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Grabgesang
[最終修正 - 2024/06/26-15:09]