ほほえむあなたをはぐくんでくれたばしょ。
――ああ、だからひとは「故郷」を心のどこかに持ちたがるのかもしれない。

―― Patriot

「あら、どうしたのその頬?」
「あ、ミラージュさん……いや、その、」
きっと他意なく指摘した、にこにこと微笑む金髪の女性に。曖昧な笑みを浮かべたフェイトは、今もじんじん痛む頬を指先でなでた。瞬間ぴりっとした痛みが走ってしびれたような痛みが広がって、そこに触れたことをすぐに後悔する。
その全部を彼女は見ていて、別にそれ以上何を訊ねるわけでもないけれど。
勝手に居心地の悪くなったフェイトは、勝手に白旗をあげた。

「……ちょっと、ネルさんに口がすべって」
激怒させて、平手を喰らった。
「珍しいですね?」
「ええ、まあ……いや、僕が悪かったんですよ。ネルさんは何も悪くないです」
くすくすくす、笑われてもそれがなぜなのかが分からない。途惑っていると不意に彼女の手がのびてきて、何を言う間もなく癒しの光が生まれた。
「……別に、癒したかったら自分でできますよ」
「知っています。ただ、痛そうなのを私が見ていたくなかっただけだから」
自覚はなかったけれどどうやら唇を尖らせたフェイトは、再びミラージュに笑われて一瞬言葉に詰まる。何かを言い返そうとして何も言えないまま、ただぱくぱくと口が動いて。
あっさりと、それが当然のように言い切ることのできる女性は、いつでも穏やかに微笑んでいるくせに強くて、精神も身体も強い女性は。大人の、彼女は。
すべて癒し終わったのか、すっと手を引いた。
あたたかい光を惜しむように、きっと自覚なくフェイトの手がそれを追って。
捕まえた手首、その細さと彼女の手を捕えた事実に、彼自身が瞬く。

◇◆◇◆◇◆

「……ミラージュさんに、クラウストロに対する思い入れってどれくらいありますか?」
自分のしていること、考えていることを把握できないまま、口が勝手に動いた。それは先ほどあの赤毛の女隠密を憤慨させた内容とつながっていて、頭のいいミラージュは言わなくてもそれに気付いたのか、けれど何を言おうかと小首を傾げる。
「星に? それとも、クラウストロ人全体に、ですか??」
「ええと……それはどちらでも」
深く考えていなかったことを見透かされたようで、言葉に詰まる。適当にもごもごつぶやけば、彼女の藍い目がすっと細くなる。
その目元が、笑みの浮かんだ口元が――いつもと同じように微笑んでいるはずなのに、いつもよりもやわらかい感じがした。思わず見とれたなら、今度はいつもの――いや、いつもよりいたずらっぽい笑みにとってかわって、
「私にとってのクラウストロは、――そうね、居場所ですから。
思い入れはあるし、なくなったら困りますね」
「……居場所……?」

「場所としてのクラウストロは、あまり重要ではないんですよ。もちろん、生まれ育った家は大切ですし、道場もそれがある町も国も星も、すべて大切は大切ですけど。
私は、きっと自分以外のクラウストロ人がたった一人でもいてくれるなら、それでいいのだと思います」
きっとはぐらかされたのだろう彼女の答えに、分かるようで分からないようなそれに、少なくとも実感のわかないそれに。フェイトの額にしわが寄る。くすくすとミラージュが笑う。
「あなたにとって、なくしたくないもの、大切にしたいもの。――それは何ですか?」
笑いながらささやかれて、ええと、と考えこんで、
「場所も人も、還ることができるならそれが故郷ですし、それは人それぞれでしょう。
今フェイトさんの心に浮かんだもの、それがきっとあなたにとっての故郷、なんです」
「世界、でも?」
「え……?」

◇◆◇◆◇◆

ほほえむあなたをはぐくんでくれたばしょ。
――ああ、だからひとは「故郷」を心のどこかに持ちたがるのかもしれない。
その心が、つまりは。――国を愛する心、なのかもしれない。
――そう思ったけれど照れくさくて言葉にできなくて、フェイトはただ笑う。

「ありがとうございました、ミラージュさん」
「私は何もしていませんよ」
「いえ、……ありがとうございます」

あなたを生んでくれた世界、あなたを育んでくれた世界、あなたと僕を引き合わせてくれた世界。
この世界を、まず真っ先に思い浮かべたから。
大前提がそれなのだと、なぜだろう、気付いたから。

「ありがとうございます」
「……どういたしまして」
そうして、フェイトはずっと握りしめていた細い手首をはなした。取り戻したそれを一瞬見下ろして、ミラージュは。
くすり、いつものように穏やかに微笑んでくれる。

―― End ――
2006/04/11UP
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Patriot
[最終修正 - 2024/06/26-15:09]