――そんな顔をするな。
――そんな笑顔、浮かべるな。

―― Ares

――そんな顔をするな。
今にも泣きそうな、いかにも弱々しい、儚い。きっとそれを自覚していない、無理矢理浮かべた笑み。涙に潤む目が強く強く前を見て、引き結んだ唇がその端だけが上を向いて、かたくてぎごちなくてそれでも。確かに浮かんでいる笑み。
――そんな笑顔、浮かべるな。
――泣きたければ泣けばいい、怒って叫んで周囲に当たり散らせばいい。
――心の奥底に自分の感情を閉じ込めて、無理矢理押し込んで鍵をかけて、「自分」から目をそらしたりするな。
口元に浮かべた悲痛な笑み、背筋を伸ばしてまっすぐ前を見て凛と仁王立ちになって。理不尽を、ただひたすら重すぎる運命を、打破する糸口さえない最悪の事態を。真っ向から受け止めて受け入れる、その姿は。

それは確かに「強さ」かもしれないけれど。
それはきっと「強さ」じゃない。
誇るべき美徳かもしれないけれど。
醜くて痛々しくて、いらいらする。

――そんな顔、してるんじゃねえ。
怒声を上げて詰め寄って、泣けとでも命じればいいのに。
そうすればいいと、分かっているのに。
闘うことしかできない、闘いにしか脳のない自分は結局何も言うことができなくて。言うだけの勇気がどうしても湧いてこなくて。他の誰かを頼ることは、何のことはない、自分にもできないことで。
――その顔を、俺に見せるな。
――俺の見えないところで、そんな顔をするな。
――お前は、
あと数歩進んで、手を伸ばせば届く距離。声を出せば届く距離、目を閉じてもくっきり気配を捉えることができるだけの距離。
たったそれだけの距離が、けれど今はどうしようもないほど遠くて。

――そんな顔、するなよ。
――痛々しいだけの笑顔なんか、きっぱり捨てろ。
――泣いたってかまわない、誰も軽蔑しない。無理をしているお前のことは、他の誰もが知っているから。誰もがお前の手助けをしたいと願っているから。お前はそれほど、誰もに愛されているんだから。
――たとえば俺だって。お前の涙を、もし呆れるやつがいたのなら。
――そいつを叩きのめしてやる、そいつの曲がった性根を矯正してみせる。そう思うほどに、
――悔しいけれど、そう思ってしまうほどお前に惚れ込んでいるくらいだから。

誰よりも脆いくせに、誰よりも強い女を。痛々しいほどまっすぐな女を。誰もに優しくて自分にだけは厳しい女を。
――見返りはいらない、俺は何も望まない。
――ただ。
――守りたいと、純粋にただそれだけを思っているから。
阿呆だ、と自嘲して。ずっと動かない、浮かんだままの痛々しい笑みに動きを忘れて。その瞬間脳裏によぎるのは、

――そんな顔をするな。
――お前は、
――お前には、幸福を得る資格があるから。それだけの価値があるから。
――闘うしかない俺に、お前を守らせろ。
――そんな醜いつらいだけの笑みじゃなくて、

利己的に思う。勝手なことを願う。

――お前はもっと幸せそうな笑みを浮かべていろ。

ただ、そう思う。

―― End ――
2005/05/08UP
個人
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Ares
[最終修正 - 2024/06/26-15:33]