――ひと、は。
案外簡単に死んでしまうものなのだ、と。

―― Totenstille

目の前にいた人が、たった今まで他愛のないことで笑いあってくだらないことですねて、そうして今まで確かに存在していた人が。
ふぅっ、といきなり薄れて消えた。
あわてて周囲を見回して、けれどそのひとはどこにもいなくて。
直接話していたわけではないけれど、そういえば周囲にいた人たちも。見回す彼の目の前で、まるで幻のように掻き消えていく。
人が大勢いるときの、あのなんともいえないざわめきがそうしてふつっと途絶えて、
そして――、

◇◆◇◆◇◆

「……!!」
飛び起きた。痛いくらいに脈打つ心臓を押さえつけて、あわてて周囲を見回した。
たった今まで見ていた、夢のように。
見えたのは宿屋の壁。誰もいない、個室。すうっと汗が冷えていって、そういえば飛び起きた瞬間から全身なんだか冷たくて、
けれどそうしている間に、少しずつ少しずつ、なんとか落ち着きが戻っていく。

そして、フェイトは大きく息を吐いた。
片膝に額を埋めて、肺が空になるまで息を吐き続けて。
静かに顔を上げると掛布をどけて、ゆっくりと床に下りる。

◇◆◇◆◇◆

父が死んだ、目の前で死んだあの日から。どれだけの日数が過ぎたか分からない、けれどこの忙しい闘いの日々の中、時々夢を見る。

あるいはそれは、死んだ父で。
あるいは分かれたまま再会していない、母で。
あるいは幼馴染の少女、
あるいは彼と同じ青い髪の、彼よりもずっとずっと強くて脆い彼女、
あるいは金髪に、悔しいくらい頼りになる大男、
あるいは鮮やかな赤毛のきっぱりさっぱりした女隠密、
あるいは変な色の髪の、何かと彼を目の敵にしてくる細長い男、
あるいは銀髪に明るい笑顔の褐色の肌の少女、
あるいはいたずらっこそのままの子ダヌキな少年、
あるいはやわらかい笑みを絶やすことのない、しっとりした金髪の女性、
あるいはなにごとにつけ豪快な中年の術士。
あるいは、あるいは、あるいは……。
いつかどこかであった懐かしいひと、これから知り合うのかもしれない見知らぬひと。

もしくは、その全員が。

消えていく、夢を見る。

◇◆◇◆◇◆

「……はは、……情け、ないな……」
懐具合に余裕があるからと、その日は全員個室を取っていて。そうなると当然、宿屋のその部屋には彼一人しかいなくて。
耳に痛いほどの静けさに耐えかねてかすれた笑いを無理やり浮かべて、けれど声を上げたことでしんとした静寂がずんとのしかかってくるようで。世界中にたった一人、彼だけ残してすべての人が消えてしまったようで。
ばからしい、と頭は思っているのに。
――その静けさが、怖い。

◇◆◇◆◇◆

――ひとは案外簡単に死んでしまうものなのだ、と。
父の死に目に、強くそう思った。頭では知っていたはずのそれを、嫌というほど理解した。

――ああ、僕は。
――この人と今までどんなことを話してきただろう。
――この人と今まで、どんな風に関わってきただろう。

残った温もりが薄れていくごとに、疑問が心に降り積もって。心の中という空間が、疑問という雪でゆっくりと埋まっていって。

――それはあるいは後悔、なのかもしれない。
――それとも、そのひととこの先もう関わることのできない自分を、哀れんでいるだけなのかもしれない。
けれど、

◇◆◇◆◇◆

静けさに、目の前に横たわる怖いほどの静けさに。
フェイトは、自分の身体が細かく震えていることに気が付いた。
震えながら怯えながら、冷たい空気をかき分けて。溶けない疑問をかき分けて。
部屋の入口に向かう自分に、気が付いた。

――ああ、本当に情けない。
――もう子供でもないのに、たかが夢一つで動揺して一人でいられなくなるなんて。

誰でもいい、生きている人に会いたい。情けない今の自分をネタにして、そんな自分を笑い飛ばしてほしい。弱気なことを吐くなと叱ってくれてもいいし、馬鹿だと呆れられてもかまわない。
この、死のような静けさを。
今だけでいい、打ち破ってほしい。打ち破るだけの活力を貸してほしい。

借りは必ず返すから。だから、今だけでも。

――そばに、ただそばにいてほしい。

◇◆◇◆◇◆

ゆらりふらりと歩く脚が、そしてふと止まった。近付いてくる人の気配そこに在る気配、自分以外の温もりに気が付いた。
フェイト一人を取り残して、すべて掻き消えてしまったような世界に。

ふわっとぬくもりが、灯ったような気がする。

―― End ――
2006/01/19UP
個人
OFP
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Totenstille
[最終修正 - 2024/06/26-15:34]