ただ自分でありさえすればいい。
ただ、自らの王であり続ければ。
ふと背後に気配が生まれて、探るまでもなく誰なのかが分かった。ゆらりと目を向けて、予想通りの人物にアルベルの口元が歪む。
「何だジジイ、まだ生きてたのか」
「相変わらず礼儀を知らないヤツじゃのぅ……。ここはワシの屋敷じゃ、寄ったならせめて挨拶くらいせんか」
「そこら中飛んでるてめえがここにいる確率なんてたいしてねえじゃねえか」
「それでも屋敷の者に訊くとか方法があるじゃろうが。そもそも主だって漆黒を束ねる身、本来なら――むしろ若造の方が年寄りよりも、」
「……めんどくせえ」
一言言ったなら三倍返ってくる口やかましい後見人から、アルベルはぷいと顔を逸らした。いつまで経っても子供っぽいアルベルにやれやれと息を吐く音、そしてふと、
「――手に入れたか」
ふと、ため息のようなつぶやきが聞こえた。
一行はアーリグリフからの帰りで、アルベルの腰には一振りの刀があった。
銘をクリムゾン・ヘイト。アーリグリフの至宝にして、彼の父の携えていた意思ある剣。剣に持ち主と認められなければ生命さえ脅かされると噂される、けれどその分強大な能力を秘める剣だった。
柄と鞘だけでよく判別するものだ、とアルベルもしげしげそれを見下ろして。
「……そうか、認められたか……」
感慨深そうにつぶやくウォルターに、今度は彼の方から息を吐いた。
「――やかましいってんだよ。俺がどうなろうがてめえにゃ関係ねえだろうが」
「ないわけないじゃろう。……そうじゃな、こうして改めてみてみれば、ずいぶんグラオに似てきた」
憎まれ口に言い返して、しかし声には喜びがにじんでいた。まるで自分のことのように喜ぶウォルターに、アルベルの居心地がなんだか悪くなる。
その気持ちを誤魔化すように、鼻を鳴らした。
「親父は親父だ、俺じゃねえ……耄碌してんじゃねえよ、ジジイ」
「ほっほ、――誉めたつもりなんじゃがの」
笑われて、確かに――以前の彼なら喜んでいたような気がする。誰より尊敬する、今だってその気持ちは少しも薄れていない男に。その男を知っている後見人にそうと言われることは、決して不快ではない。
けれど、――けれど今のアルベルにとってみれば。
嬉しい気持ちも嘘ではないけれど、喜ぶことは何かが間違っているような気がして。
ただ自分でありさえすればいい。
ただ、自らの王であり続ければ。
大切なのはきっとそれに恥じない心を持つことで、
恥じない行動をすることで。
誰の真似をする必要も、ないのだと。
「――しかし主も丸くなったものよのう」
「……藪から棒に何言い出すんだよ」
ほっほっほ、機嫌よく笑うウォルターに唸る。そろそろ馬鹿にされているような気がしてきて、なんだか一気に不機嫌になる。
「誉めとるんじゃ。メイドたちも、主はあしらいやすくなったと大絶賛じゃったな」
「……、ちっ」
――言ったら言っただけタヌキな返事が返ってきて、ただ疲労する。
ふと思い出して、うっかり忘れていたそれに舌打ちする。もはや時間つぶしをする気もなくなって、部屋から――屋敷から出て、武器屋にでも向かおうかと脚を踏み出した。
「……のう、時にアルベル」
そのアルベルを逃がすつもりがないのか、背中にかかった声に脚が止まる。返事をしないとしつこいことは思い知っているので、しぶしぶ目だけで振り返る。
「何だクソジジイ」
「曾孫の顔はいつになったら見られるかの?」
「…………!!??」
分かっていたのに不意打ちを喰らって、アルベルが思わず目をむいた。
そんな彼ににまにまと人の悪い顔を向けて、
一見好々爺の笑みを、ウォルターは浮かべている。
