おっかなびっくり、いかにも不器用に巻かれた包帯は。
それはまるで彼そのもののようで。
「……ルーク、何度も言って悪いけれど。巻いてくれるならもう少しきつくお願い。これじゃあすぐにゆるんでほどけてしまうから」
「え……あ、ああ……」
「別に、無理なら良いのよ? 本当に大した怪我じゃないんだし」
「おれがやるって言ってんだろ!」
碧の目がすねたようににらんできて、ティアはただ息を吐いた。彼女の左腕を取った青年は二の腕あたりに巻かれた包帯を慎重に外して、もう一度最初から巻きはじめる。
先ほど戦闘があって、ティアは軽い怪我を負った。大したことのない傷だったから気にしないことにしたのに、赤毛の青年はそんな彼女に目敏く気付いて。
術を使って早く癒せ、なんて最初は命令された。そこまでする必要ないと返したら、じゃあグミで、なんて荷物袋をあさろうとして。同じことよ、たいした傷じゃないの、でも怪我は怪我だろ、なんて自分でも馬鹿らしい言い合いが長々続いて。
はいはい、じゃあここいらで休憩にしようか、ルークおまえどうせならティアの手当てしてやれよ、なんて彼に助け舟を出したのは。果たして誰だっただろうか。
手当てをしろと言われたとき、彼が一瞬ぎくりと固まった理由はすぐに分かった。分からないはずがなかった。
なんだかおろおろして、きょときょとと周囲を見渡して、ものすごく情けない顔でちらちら周囲の誰かを、あるいはティアを、完璧助けを求める目で見たりすれば。分からない方がどうかしていると思う。
「……道具袋の中に、救急箱があるから。持ってきて」
「お、おう」
らちが明かないと、きっと何もできないくせに彼はこのままでは引き下がったりしないと。分かったから額に指を当てて、小さくつぶやいたならルークはすぐに大きくうなずく。
多分確実に、手当ての仕方なんて知らないのだろう。剣を習うくらいなら、とは思うけれど、彼は何しろ公爵家の一人息子として大事に大事に育てられてきたわけで。たとえば稽古中怪我をしたとして、きっと彼が何かを言う前に、周囲がその手当てをしていたはずだ。医療行為に興味があるなら見て覚えていたかもしれないけれど、以前の彼がそんな小さなことに目を向ける性格かといえば、
……まったく。知らないなら、分からないなら最初から訊ねれば良いのに、プライドやらメンツやらが邪魔するのだろうか。
……男の子って、よく分からない。
そんなことを思いながら左手の手袋を外す。直に目にしてみれば思っていたよりも怪我はひどくて、むしろ見てしまったことでさらにひどくなってしまったような錯覚さえする。
「……持ってきた。て、ティアおまえな! こんな怪我でよく大したことない、なんて、」
「あなたが手当てしてくれるんでしょう?」
「っ、う、……やるよ。何すりゃ良いんだ」
「人にものを訊ねるときは……、もういいわ。
怪我の手当ては、もちろん怪我の種類によって違うけれど。ええと、まずは傷口を洗うの。水を……救急箱と一緒に持ってきてもらえば良かったかしら」
「水だな!」
またばたばた走っていった後ろ姿を見送って、もう一度腕に目を落とす。
打ち身、および擦過傷。熱を持って腫れてきているけれど、骨には異常がない。これが利き腕だったならだいぶ不便だったかもしれないけれど、逆の腕だし。重いものさえ持たないなら、鈍い痛みとけだるい感じがする程度であとに痣になっているくらいですむだろう。
見た目はともかく、確かに大したことのないはずなのに。
それほどまじまじ怪我を見ていたつもりはなかったけれど、気付けば水筒と、きっと一緒に渡されたのだろうタオルを抱えたルークが目の前にいた。
「水……傷を洗うんだよな」
「ぇ、ええ……打ち身くらい、あなたも作ったことあるでしょう?」
「あー……剣の稽古の終わりあたりにはいっつもメイドが待ちかまえてて、終わったとたんに勝手に何かしてたからなー。全然見ちゃいなかったし」
「……そう」
やっぱり、と息を吐いた。
そうしながら彼の接近に気付かなかった迂闊な自分を少しだけ反省しながら、彼に傷が見えるように腕を出す。まあ座れと示されてそれに従ったなら、どこまでも真剣に彼女の腕を眺めたルークが、やがてぎゅっと眉を寄せた。
「……何」
「なんでこれで、平気だとか何でもないとか言うんだよ。痛くねぇのか?」
「そりゃあ痛いわよ? わたしは生きていて、怪我しているんだもの。それでも動きに支障がないなら、それは大した怪我ではないでしょう」
いちいち何をしたらいいのか分からないらしく、動かない彼に。水場が確か近くにあったし、と、水筒をかたむけてもらって流れる水で傷口を洗う。砂漠とかで水が貴重なときはこんな使い方しないから、と一応釘を刺したら、そんなものなのかと素直にうなずく彼の顔はなんだかどこまでも幼い。
そうしていながら、いかにも不満そうにとがる唇は――彼女に腹を立てているのだろうか。
思ったけれど、きっとつつけば困るのは自分の方なのでティアは黙っていることにした。傷口を洗って、そこに触れないようにタオルで水気を軽く拭き取る。救急箱をあさったならちょうどいい軟膏があったので、それを傷口にすり込んでもらう。
そのすべて、壊れものを扱うようなおっかなびっくりの手つきはどこまでもやさしくて、
いかにも腰の引けた、けれど彼の目はどこまでも真剣で、
自分がそれに足るような存在だとは、彼女にはどうしても思うことができなくて。
「……次は?」
「そうね……」
本当は、これで十分だ。十分のはずだけれど、
「……ガーゼを当てて、包帯で固定して終わりよ。包帯の結び目は、傷口の上以外の場所にして」
「分かった」
十分のはずなのに彼の手が心地良くて、壊れもの扱いをされることが分不相応に思うのに嬉しくて、そんなことを言っていた。全面的に信頼されているのか、それとも単に知らないからか、ルークはこくりと真剣にうなずくと救急箱をあさりだす。ガーゼってこれだよな、包帯は……なんてぶつぶつつぶやいている。
心にちくちく痛くて、それでもなんだかぼんやり嬉しくて、嬉しさの正体は考えないようにして。醜い自分に、浅ましい自分に気付かないふりをして。
もっと乱雑で十分なのに、
何回言っても彼の手つきはやさしくてやさしくてやさしくて。
おっかなびっくり、いかにも不器用に巻かれた包帯は。
それはまるで彼そのもののようだ。
「……ありがとう」
ささやくようなお礼の言葉に、跳ねるように彼の顔が上がる。一瞬遅れてぱっとその顔に血が上って、こんなん何でもねーよ、とか、やたら時間ばっかかけておれってだせぇ、とか、そんなぶつぶつがしばらくあって、
「おれ、ティアの「大丈夫」はしばらく信用しねぇからな」
「どういうことよ」
彼女を見る碧の目が、
どこか不安そうで、腹が立つのになんだかくすぐったい。
