信じられなかったし、信じたくなかった。
絶対に、絶対に。

―― mourir prochainement

チーグルの仔から告げられたのは、予想もしていなかった、たとえ頭をよぎっていたところで即座に追い出してしまうような、そんな黒い黒い未来だった。
「え……?」
先ほどふてくされた後ろ姿が消えていった屋敷の門を振り向く。照れたようにそっぽを向いて、あるいは大口を開けていたずらっ子のように笑って、あるいはどこまでもまっすぐに怒って、あるいは雨にぬれた子犬のように落ち込む、彼の姿が目に浮かぶ。
チーグルの仔は泣き出しそうな顔で、でもボクたしかにそう聞いたですの、とつぶやくとうなだれてしまって、人ではないこの仔が嘘を吐くことはないとなんだか思い知った。
思い知ったけれど信じられなくて、いや、絶対に信じたくはなくて。

◇◆◇◆◇◆

――彼が、ルークが。
――もうすぐ消えてしまう……イオン様のように?

思った瞬間堰を切ったように脳裏を巡るのは、出逢ってからこれまでの彼の姿の断片だった。
時間としては大して経っていないけれど、いろいろな彼を見てきた。一度は呆れて見捨てそうにもなったけれど、立ち直った彼はちゃんと成長して。短時間に驚くほど変わって、良い方に変わってきて、先日レムの塔で消えることを選んで――けれど奇跡的に生き残った、はずなのに……?
数え切れない生命を喰らって、けれど生き残ってくれたことを、先日先刻仲間たちと確かに喜んだはずなのに。彼だって複雑そうな顔で、でもほっとしたように笑ってくれたのに?

◇◆◇◆◇◆

――レムの塔でのあの奇跡は、彼の生命の残量をほんの少しのばしただけだったのか。

思ったならなんだか膝から力が抜けた。へたり込みそうになって、ここは王宮の前で、見張りの兵たちがあわてたように近寄ろうとするのが見えて、兵士としての自尊心が無理やりにも足に力を入れさせる。そのまま雲を踏むよりも頼りない足取りで、つい先ほど彼の入っていった屋敷に向かっていた。
駆け出したいのに身体中から力が抜けていて、かなわなくて、自分こそ今ここで死ぬのではなどと馬鹿げた錯覚に恐怖する。この身が障気に汚染されていたころの、あの恐怖が心を縛る。

何も知らなかった彼を、偶然の事故で外の世界に連れ出したのは自分だ。最初は義務感からそばにいて、傍若無人で横柄で尊大だけれど確かに持っているやさしさに気が付いた。
いろいろな場所に行った、世界中を巡った。いろいろな彼を見た、兵士として押さえつけていた心の底は彼が簡単に掘り起こしてしまった。見ているという約束を交わして、けれど約束だけではなく彼を見てきた。
ずっと彼を見ていたかった、あるいはそれは約束したからではなくて。あのとき死ぬ決意をした彼を全力で引き止めたくて、けれどそれが彼の選んだ道だからと自分を無理やり抑えこんで、それでも生き残ってくれたから、これからだって見ていくつもりだった。ずっと、ずっと。
それは、この気持ちは、

◇◆◇◆◇◆

心がふわふわする、視界がぐるぐるする。屋敷の門番兵が、彼の屋敷の玄関にひかえたメイドたちが、駆け寄っては何か声をかけてくるのに内容を聞き取ることができない。ちょこちょことあとをついてくるチーグルの仔が、ティアさんだいじょうぶですの顔が真っ白ですのと、声は聞こえても意味が理解できなくて、
自分がどこに向かっているのかふと疑問に思うころには、屋敷の中庭に出ていて彼の私室、屋敷の離れがすぐ目の前にあって。

情けないほど動揺していた自分に、そのときやっと気が付いた。
足元にはチーグルの仔、気配に振り向けば心配そうなメイド。大丈夫、持ち場に戻ってくださいとメイドは追い払ってチーグルの仔が心配そうに見上げてくるのに一度だけうなずいてみせて、離れのドアにかけた手はまだまだ大きくふるえていて、
「ルーク、」
あるいは、声までも。

◇◆◇◆◇◆

――あなたは、あなたまでも。
――わたしを置いていってしまうの?

心を衝いたのはそんな言葉、声にならないうちに必死に飲み下して胸元を押さえつける。いきなり浮かんだその言葉にまた動揺しかけたのを無理やり落ち着けて、返ってきた声に、結局ふるえの収まらない手でなんとかドアを開ける。

たかがユリアの預言を打ち砕くためにとんでもない策を練ってそれを実行に移そうとしていた兄、
その兄にきっと最後まで最期まで付き従う覚悟の教官、
この身を汚染する障気を生命と引き換えに消し去ってくれた導師イオン、
そして、
言葉にできないこの激情を、いつの間にか自分に抱かせたあなたまで。

消えてしまうのか、自分の前からいなくなってしまうのか。逢いたいと思ったときに逢えない場所にいってしまうのか、この世界のどこかにいると想うことさえ叶わない存在になってしまうのか。
そんなこと、
信じられなかったし、信じたくなかった。
絶対に、絶対に。

◇◆◇◆◇◆

浮かんだ感情を押し殺すことも、それだけの余裕もない。ベッドに腰かけて、きっと自分は今ひどい顔をしているのだろう、なんだか驚いている彼に口を開く。

――いかないで、
――いなくならないで。

障気に汚染されていた先日の自分に、彼はこんな気持ちを抱いてくれていただろうか。そうだったらいい、醜い想いでも生にしがみついてくれるならいい。この前もそうだったけれど、潔く死ぬ覚悟なんていらない。そんなもの誰も喜ばない。
ぐちゃぐちゃの心は思考はぐちゃぐちゃの言葉を紡いで。けれど音になって口から出ることはなくて。

「ルーク、」
身体は冷たくて頭の芯だけは熱くて身体も声もふるえが収まらなくて。

――しなないで。

子供みたいに舌足らずの声が、ただただこぼれ落ちたがる。

―― End ――
2006/07/18UP
ルーク×ティア
OFP
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mourir prochainement
[最終修正 - 2024/06/27-09:54]