蒼い目が、ぬれたような蒼い目がまっすぐこちらを見ていて。
息が止まる、鼓動が早くなる、目が、
……目をはなすことが、できない。
つん、と抵抗を感じてルークは瞬いた。何かにひっかけたかと何気なく振り向いて、どうやら彼の服をつかんで止めて、けれどあわてて手をはなしたらしいティアがそこにいた。
「ティア? どうかしたか??」
「な、……なんでも、ない、の……。ごめんなさい、ルーク」
「いや、別に謝られることでもねーけど」
ほんのりほほを染めたティアに、何があったのかと彼はきょとんと瞬く。兵士がどうとかでいつもきっぱりくっきり言いたいことを言うティアに、こんな態度は珍しい。
「……ティア?」
「何でもないったら!」
もう一度名前を呼んだなら、まるで怒ったように叫ぶとふいと顔をそらせてそのままどこかに行ってしまった。おいてけぼりをくったルークは、しかし怒るよりも先になんだか淋しくて、そんな自分に首をかしげる。
ティアが関わると、最近、こんな気持ちがやたら多い。
……なんだろう?
街ひとつ滅ぼして、変わりたい、変わらなきゃと思った。大勢の人を殺して、それでやっとそう思った。今までの自分がいかに情けないダメ人間か、知ってはじめて心から変わらなくちゃと思った。
きっと、それは遅すぎたのだと思う。
それでも真実思って、ただ、自分ひとりで変われる自信はなかった。ちゃんと変われる自信がなくて、誰かに見ていてほしいと思った。変わって、いつか、変わったよと誰かに認めてほしくて、――だからそれをティアに頼んだ。
ずっと見ていてほしい、と。
彼女は、いつでも見捨てることができると言いながら、それでも見ていることを約束してくれて。
少なくとも今のところ、見捨てられることなく見守ってくれている。
そうやってずっと見ている彼女だから、何かに気付いたのだろうか。
でも、言ってくれないのは……?
「うー……わけわかんねぇ」
赤い髪をかきむしる。空はとっぷり暮れていて、今日も野宿決定で、旅の毎日にはだいぶ慣れたけれど慣れるほどにちゃんとした宿で泊まる貴重さが身にしみる。
――いや、そうではなくて。
ここのところ何かを言いたそうなティアが、結局何も言わないでどこかに行ってしまうことが多くて、それがどうにも気になる。訊ねても答えてくれないし、しつこく食い下がると怒るし、そうなるとどうしていいのか彼には分からない。
人の心は、ティアの心は複雑すぎて、
生まれてから間もないルークの手に、あまりまくってこぼれ落ちる。
ついでに、無粋に触れたなら儚く壊れてしまいそうでもある。
「ちゃんと真正面から聞いてダメなら、からめ手で……とか思ってもなあ、どうすりゃいいのか分からねぇし」
そもそも直球以外はルークにとって苦手だし。そもそもいろいろ考えていても、彼女を前にすると、こう、ねりにねったはずの思考が蒸発していってしまうし。
「ルーク?」
それに、たとえばこの声だけでも。彼女を構成するひとかけらでも、前にしてしまったなら、もう。
「……て、え……?」
すっかり陽の暮れた暗い中、特に明かりもないくせに彼女だけまるで浮かび上がっているようにくっきり見える。白い肌が光を放っているように、燐光をまとってでもいるかのように。
蒼い目が、ぬれたような蒼い目がまっすぐこちらを見ていて。
息が止まる、鼓動が早くなる、目が、
……目をはなすことが、できない。
――触れたい。
――触れて、確かめたい。
――彼女がここにいることを、確かにこの場にいることを。
――彼をおいて、どこかに消えたりしないことを。
発作的に思って、思ったときには手がのびていた。
――あるいは彼女も、先ほどの彼女もそんな風に思ったのだろうか。
思考は、形にならないまま拡散する。
やわらかな肌に届くまで、あと、少し。
