直視できなかった、できなくなった。
どうしても――どうしても。
「へっへーん、そんなヘボ攻撃当たるかっつーの!」
「ルーク! 調子に乗らないで、油断は思わぬミスを招くわ」
「わーってるって……と、おおっ!?」
「ルーク!?」
今日も今日とて一行は旅をしていて。
相手が魔物、人間以外となればルークの剣の切っ先が鈍ることもなくて。
そして周辺に出没する魔物はもはや彼らの敵ではないレベルの敵で。
調子に乗ったルークは、ティアの指摘を受けてもなお調子に乗っていたルークは。
攻撃を避けた瞬間、もともとの足場が悪かったため――見事にバランスを崩した。
アラミス湧水洞、通常水の音と時おり魔物が立てる小さな音以外、基本的に静寂が占めるそこに。
「どぉっとった……うわあっ!!」
「ルーク……きゃあっ!?」
だっぱーん!!
静寂を引き裂いて男女一人ずつの悲鳴と、間をおかずに水音水柱が盛大に上がる。
「……っ!! おい、ルーク! ティア!?」
そして異変に気付いた仲間たちがあわてて道から身を乗り出して下を見たなら。
「わ……悪い、ティア……」
「……二人とも無事よ。少し行ったところで道が合流するからそこで落ち合いましょう」
「無視するなよティアぁ……おれが悪かった謝るから!!」
上に向かって鋭く一言、あとはいかにも怒っている足取りでずかずかとティアが歩き出して、いかにもあわてふためいたルークがそのあとを追っている姿があった。
「悪かったってごめんティア調子に乗ってティアの忠告無視してほんっとにごめん!!」
「……もういいわ……て、ルーク何その格好」
「へ? ああ……身体にまとわりついてどーにも邪魔だから」
迷子の仔犬よろしく途方にくれてそれでもくっついてくる気配に、そのどこかしつこい気配に。やがて折れたティアが振り返った先、きょとんとしたルークが、元は彼の着ていたびしょぬれの上着片手に微妙な笑みを浮かべていた。
ファブレ家お抱えの職人がきっと丹精こめて作った白い上着は、旅に汚れてきていた上に今はぞんざいな扱いでべちゃべちゃのぐしょぐしょになっている。……服のデザインはともかくそれがいかに上物か間近に接して知っているティアは、先ほどとは別の意味で怒鳴り散らしたくなる。
いや、確かにティアの服も。完璧に水を吸った今、ひたすら重い上に動きの制限をするだけの、平たい話確かに邪魔な荷物でしかなくなっているものの。
――女の前で変に脱ぐんじゃないわよ!
喉から出かかった悲鳴を無理に呑み込んで、つんとそっぽを向く。自分はあくまで軍人だこんなことに動揺してどうすると、ざわめく心に何とか言い聞かせる。
「……ティア?」
「知らないわよあなたちっとも分かってないじゃない。邪魔かもしれないけど、確かに周囲の魔物は弱いけど! 自分から防御下げて平気なほど本当にあなたは強いの!?」
「え……あの、これは……」
上着を脱いだルーク、今は黒いシャツ一枚の青年。生まれてから七年しか経っていなくて中身はそんな年齢だとしても、外見は十七歳の青年。十六歳の多感な乙女にはなんとなく目の毒だ。
野宿のとき――はさすがに見ないものの宿屋にいれば何度か見る機会はあった。それでも、今こうしてここで見る彼の姿は、ティアの目になんだかとても刺激的に映る。
……そんなことを思うわたしの方が、ひょっとしてどうかしているのかしら。
思っても、思うことでそんなことはないと否定しようと思っても、どうにもこうにも一度気付いてしまった気恥ずかしさは誤魔化されてはくれなくて。
「――ばか!」
直視できなかった、できなくなった。
どうしても――どうしても。
焦る気持ちは乱暴な台詞を吐いていて、途方にくれたような気配にけれどやはり顔を向けられない。こんなときに魔物に襲われたなら、彼女の態度のせいで面倒なことになると頭のどこかは冷静に指摘するのに、やはりどうしてもどうにもならないことはある。
「だっ、」
きっと必死に声を張り上げたのだろう彼にだって、
「だって仕方ねーだろっていうかティアだって動きづらいだろそんなずぶぬれで!! こっちが攻撃食らう前に向こうに当てりゃ問題ねぇだろっ!」
「できるの? あなたに?? ――敵が何体同時に出ても????」
「ぐっ」
そして言い負かせて勝利感に少しだけほほをゆるめかけたティアの耳に、
――ティアの格好だってどうなんだよいつもより服がはり付いててなんだかいろっぽ、
「ルークっ!!」
一足先に指定された合流地点にたどり着いていた仲間たちの耳に、なんだかひたすら平謝りするルークの涙声が聞こえてきた。目を向けたならぷりぷり怒っているティアに対してへこへこ頭を下げているルークの姿があって。
「……やあ、これはまた面白いことになりそうですね」
「やだー、大佐ってば悪趣味ー☆」
無遠慮な声にびくりと二人の肩が跳ね上がると、真っ赤な顔がタイミングを揃えたようにばばっと持ち上がる。
