いつだって彼を見ている。
約束したから、そういう理由を見つけたから。
セレニアの花の中、長かった髪を切った彼が笑った。何の意味もないけどと笑って、その笑みは弱々しくてまるですがり付いてくるようなものだった。
一人にしないでほしいと願っているようで、一人にしてはいけないと思った。変わろうとする彼を見ていなければと、いつでも見捨てることができると口は動きながら、それでも最後まで見ていなければと強く強く思った。
約束をして、……けれど本当は気付いていた。
ずっと前から彼のことを見ていた。
それは多分彼と出逢ったはじめからずっと、ずっと。
最初にまともに顔を合わせたのも、そういえば同じセレニアの花の中だった――ファブレ公爵邸では兄の姿しか見ていなかったから。顔を合わせて少し話をして、それだけで何も知らないお貴族のおぼっちゃんだと知って、この世間知らずの青年のお守りをしなければとすぐさま強烈に思い知った。
最初は、そう、確かにただの義務感だった。
――それが変わったのは、果たしていつだっただろう。
何も知らない彼が危なっかしくて、目をはなすことができなかった。自分勝手で傍若無人なところに呆れながら、けれど裏表のないまっすぐなところがほほえましかった。分かりにくくてひねくれたやさしさもそのうち分かって、指摘したなら真っ赤になって怒る照れ屋なところもすぐに知って、そんなところがかわいいと思っていた。
そもそもがファブレ公爵邸に忍び込もうというわけで、事前にあれこれ調べてはいたけれど。調べた年齢の割にどうにも幼い彼が、年上のはずなのに自分よりも行動が精神年齢の幼い彼が、やがてまるで歳のはなれた弟のようにさえ思えてきて。
それも、あとになってみれば当たり前だったのだけれど。
本当は彼はレプリカで、実年齢たったの七歳だったのだけれど。
最初は義務感からだった、それは事実で、けれどそれはいつの間にか変わっていた。
変わらなかったのは目をはなすわけにはいかないという奇妙な脅迫観念で、その強迫観念は、けれど一度としていやな気持ちを伴ったりしなかった。
呆れながらもため息を吐きながらも、本当は嫌ったことはなかった。彼にいやな面をいくつも見つけて、それでもそれに勝る良い面だって彼はちゃんと持っていた。マイナスはプラスに打ち消されて、
そうだ、強迫観念だけではなくていつしか本当に彼からはなれられなくなっていた。
見ていたかった、見守っていたかった。
見ていたところで何もできないと思い知っても、それでも見守っていたかった。かなうならすぐそばで見守っていたかった。ずっとずっと、最後まで――何を「最後」にするかなんて分からなかったけれど、本当は今だって分からないままだけれど。
最後まで、ずっと。
見ていたい、見守っていたい。すぐそばで、声が心が届く場所で手をさし出すことのできる場所で。人生の中でただいきすぎるだけの他人ではなくて、なぜだろう、彼にはすぐそばで見ていたいと思わせる何かがあった。そう思わせるだけの何かを持っていた。
他の皆が彼を見捨てて距離をとって、彼女だって彼に呆れて。
それでも、多分そうしたかったから彼女には彼を見捨てることはできなかった。あのチーグルの仔のようにすぐそばでかいがいしい世話をするわけでもなく、けれど情けないばかりの彼を突き放すこともなく。理由をこじつけてでも彼のそばをはなれたくはなくて。
そうして、結果変わろうとした最初の彼に出逢えたことは、ひょっとして嬉しかったのかもしれない。
いつだって彼を見ている。
約束したから、そういう理由を見つけたから。
闇に浮かぶセレニアの花に、ティアはひそやかに微笑んだ。
きっとあのときの彼の笑顔と同じ、それはひどく儚いものだっただろう。
