やわらかな声に呼ばれて。
すっと意識が浮上する。
「……?」
――あれ? 何だ、何かが変だ。
思ったのはそんなことだった。動こうと、起き上がろうと思ってもかすかに身じろぐしかなくて、全身が重くて指一本さえまともに動かすことができない。
「ルーク! 気が付いたのね、……大丈夫?」
「ティア……? 何、が……」
覗き込んでくる蒼がかすかに見えた。つぶやくというよりはうめいて、ゆっくり瞬けば幾分クリアになった視界にやはり彼女の顔が見える。どうやら自分はうつぶせに倒れこんでいるようで、毛布を敷いてあるけれどその下は多分地面。固くて冷たい感触は、いつまで経っても慣れることはない。
そうと分かって顔をしかめて、起き上がろうとするとけれどティアがそれを止めてしまう。
わけが分からない。
「いきなり起き上がらないで!」
「……んだよ……」
「――何があったのか、覚えていないの?」
「?」
かたい声に、眉を寄せるしかない。
――何が?
――ええと、確か……今日というか昨夜も野宿で。
――朝食の当番はアニスで、朝からうまいものを食べてその時は何も問題はなくて。
――そのあとはいつもどおり、だべりながら道を歩いていて、
――ああ、そうだ。ガイが声を上げたんだ。
――敵だ、って。
「……ええと、モンスターに不意打ち食らったんだよな」
「そう」
「――ひょっとしておれ、攻撃食らって死んでたのか? っかー、情けねー」
「頭……後頭部に一撃、昏倒したわ。余裕がなくて戦闘終了してから傷口をふさいだけど、場所が悪いから様子を見た方が良いって大佐に言われたの。
痛みはない? 気持ち悪くない??」
ゆっくり思い出してティアに補足されて、ようやく何があったのかを把握して。自己嫌悪にひたる前に彼女がさらに覗き込んできて、その距離をふと意識したルークはどくんと高鳴った心臓に眉を寄せた。
次から次へとわけの分からない、把握できないことが起きて、これは自分がレプリカで生まれてまだ数年しか経っていないからなのか、そうではないかの判断さえできない。
「ルーク?」
「あ? ……ああ、ええと」
急な動きは止められたけれど、ゆっくり身を起こすのはかまわないらしい。
混乱する頭でそれでもゆっくり起き上がって、珍しく心配そうな色を前面に出したティアに小さく笑いかける。馬鹿にしたわけではもちろんなくて、大丈夫だよ、のかわりに。
「うん、多少頭重いけど、あとはくらくらするけど。あれだろ、血が足りないとかそのへん」
「そうね……血も流れたもの」
「それ以外はどってことねー。……あーもう、ホントにかっこ悪ぃな、おれ」
重く息を吐けば、きっとそこに怪我をしていたのだろう、後頭部にのびてきたティアの手がふととまった。心配そうだった顔に、心配そうな色はそのまま、けれどそれ以外にたとえば怒りとか、そんな色が混じる。
「――できることから、するんでしょう?」
「え? あ、ティア……??」
「できないことを無理して背伸びしなくてもいいわ。それのおかげで今できることがおろそかになったりしたら、本末転倒だもの」
「ああ、うん」
「確かに不注意は改善事項よ? でも、だからって自分を卑下する必要なんてない。――あなたは分かっていないようだけど、下手をしたなら死んでいたかもしれない怪我だったの。運でも実力でも、生き延びたならそれを誇るべきよ。今は」
厳しい蒼、心配そうな蒼。涙にぬれたところを見たことのないそれが、今はなんだかかすかに揺れていて。もともと吸い寄せられるような蒼が、今はさらに揺らめいて美しくて。
――ああ、その蒼はなんて、
たとえば抱き寄せようとしたならそれがかなうくらいのこの距離に、一度は忘れた心臓のどきどきが、また耳にうるさくなる。
「――うん、分かった」
「……きっと分かっていないわ。けど、でも。……気をつけて」
「うん……あの、ティア?」
「何」
「あ、ありがとな? あと、焦ってばかりで……ごめん」
礼の言葉も謝罪の言葉も、まだまだぜんぜん言い慣れない。どうしてもどもってしまう。意識すればするほどぎごちなくなると、分かっていても。
「ルーク」
やわらかな声に呼ばれて。
すっと意識が浮上する。
はっと顔を上げたなら、あの蒼が彼を見ていて。
「……あなたが生きていて、良かった」
涙に揺らめくよりも、彼女には微笑んでいてほしいとその時強く強く思った。
そうすれば、その蒼は。
どんな宝石よりも美しい光を帯びるから。
