いつか、きっとそう遠くないいつか。
彼が消えてしまうのは、避けようのない未来だから。

―― sommeil leger

疲れて、すごく疲れているはずなのにここのところどうにも眠りが浅い。旅を続けるうちに最近ではずいぶん強い敵と戦うようになってこちらもずいぶん強くなって、比例して体力もついてきて、それなのにここしばらくいつだって変に疲労感があって。
――ああ、自分は確かに消えかけているのかもしれない、と。
ふとそんなことを思い知る。

今日も、そうして夜中に目が醒めた。しばらくごろごろしてみたけれど、疲れているはずなのに眠気はもう襲ってこない。多分このまま朝まで寝られないな、と思ったなら無理にも寝ようとしているのが馬鹿らしくなって、彼はむくりと起き上がってみる。
珍しく――旅をはじめてからは珍しく、今夜はちゃんとした宿に泊まっていた。だからといって久々のやわらかな寝台が別に嬉しいとかではないはずなのに、と思いながらたった今まで寝ていたマットレスをぼすりと叩いてみて、向こうの方で多分ガイあたりだと思う、なんだか寝返りを打ったのにぎくりとする。
二拍ほど凍り付いてから、そして息を吐く。
……なんだかなあ。
現役で軍人のジェイドも知らないところで相当修羅場をくぐっていたガイも、きっと眠りはそれほど深くないのだと思う。ひょっとしたらこの時点ですでに起きているのかもしれないし、そうでなくてもこのまま起き上がってぼーっとしているだけで彼らを起こすことになるのだと思う。
せっかくの、まともな宿なのに。
自分が眠れないのはともかく、寝入っているはずの仲間たちを無理に起こすのもどうかと。
極力音を立てないように――気配とやらの消し方はいまだに良く分からないけれど、せめて音だけは立てないように。そしてゆっくり部屋を抜け出した。

◇◆◇◆◇◆

「……なんだかなー」
廊下を抜けてロビーまで出て、何ごとかと顔を向けた受付に気にするなとぞんざいに手を振って。極力明かりを落とした部屋のすみに見つけたソファのうち、一番はしに身体を預ける。それでもやはり訪れない眠気に、そのままぼんやりと天井を見上げてみる。
レムの塔からこっち、ずっと身体に張り付いている疲労。虚脱感。別に特に強まるわけでもないそれに、けれど時間がないのだとふと思うことがある。焦っているわけではなくて諦めているわけでもなくて、それでもまるで何かに追い立てられているような。
「ルーク?」
「っ、うああっ!? ……て、ティア……??」
不思議そうな声が降ってきて、確かにぼーっとしていたから思い切り驚いた。驚きのあまり深く腰を下ろしていたソファから飛び起きて転げ落ちて、反射的な受け身と上等な絨毯のおかげで音だけは上げることなく、そして声の振ってきた方を仰ぐ。あわてたようなあきれたような表情のティアがそこには立っていて、非常に微妙にばつが悪い。

「ど、どうしたんだよこんな夜中に」
「それはわたしの台詞よ。こんなところで寝るくらいならおとなしく部屋に戻りなさい」
「寝てねーよ。……目が醒めて寝付けなくて、だから、散歩を、」
まるでいいわけのようにぶつぶつ言っている隙に、彼女は隣のソファにちょこんと腰を下ろしていた。先ほど転げ落ちたまま、床に胡坐をかいた状態でそんな彼女にじっと見下ろされて、とりあえずは再び座り直す。
「――体調は?」
「別に。……特に変わりはないけど」
「そう」
どこまでも静かな蒼、つぶやくような問いにぼそりと返す。
こうして見たなら彼女の顔が白くて、お前こそとっとと寝たらどうだと言いたくて。けれど光が足りないせいでそう見えるだけなのかもしれない。休めるうちに休むべきなんだろうと言いたいのに、なぜかこうして一緒にいられる時間が嬉しい。
何かを言いたいのになにも言えなくて、どうしていいのか分からなくて、
「――あの、」

「眠れないの」
「へっ!? いやあの、最初はちゃんと寝たけど目が醒めたんだって……ていうか、それ、お前の話か?」
いきなりにびっくりして、今日は本当に驚いてばかりだなんて思いながらあわてて言い返して、なんだか気付いて問い返して、――落ち着きのない彼を、蒼い目がかすかに笑う。揶揄ではないその笑みになんだかどきりと心臓が跳ね上がって、それには多分気付かない蒼がついとそらされて、
「うとうととしたけれど、いやな夢に起こされたわ。……ルークも?」
「いや別に……夢……、そういや最近夢って見てねーや」
「そう?」
「うん」
うなずいて、なぜかまた彼女の目が笑ったのにあわてて目をそらして、
「……寝る前はさ、ものすごく疲れてたんだ。で、横になってすぐに寝たんだと思う。
その割に一回放り出されたみたいに目が醒めたら、もう寝れなくて。……ごろごろしてたらガイとか起きそうだったし」
「ルーク、」
「いや、あのな? 別に無理してるとかじゃないからな!! ただ、」

「……手、触れてもいい?」
「……は!?」
とりとめのない言葉にまたたけば、いやならいいの、とティアが身を引こうとするので。なんだか今までとは違う意味で思わずあわてて、
「いいけど、えと、」
握手でもするように右手を彼女に向ける。これでいいのかと頭をひねれば、そして、彼女の手が触れて。
「……あたたかいわ」
「ティアの手は、あんまあったかくねえな。……別に冷たいってわけでもねーけど」
「ふふ、……ちゃんと生きてる、のね」
「は!?」
「さっき見たっていういやな夢、ね。……あなたが消えてしまう夢だったの。だから不安だったの、ごめんなさい」
「べっ、……別に謝らなくても、」
こうして触れたなら華奢で小さな彼女の手に、まるですがるように力がこもる。あるいは、力をこめたのは彼の方だったのかもしれない。分からない、けれど。

――いつか、きっとそう遠くないいつか。
――彼が消えてしまうのは、避けようのない未来だから。

◇◆◇◆◇◆

「……部屋に、戻るわ。今度は眠れそう。
ルークも、そろそろ戻りなさい。眠らなくても、ちゃんとベッドで横になって。ね?」
「分かってる、よ……」
つぶやくように、手が戻っていって。歯切れの悪い声に、仕方がないわねと言いたそうな笑顔が、そして言葉どおりくるりと背を向け部屋に戻っていく。

薄暗い中に取り残された彼は、――ただ小さく、意味も分からない笑みをこぼす。

―― End ――
2006/09/26UP
ルーク×ティア
OFP
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sommeil leger
[最終修正 - 2024/06/27-09:56]