名前を、呼んで。
応えてくれる、ただそれだけでこみ上げる幸せ。
「……ええと、あとは?」
「食料がそろそろ少なくなってたけど。……大丈夫、ルーク?」
「どってことねーよ。まだまだ持てる」
「……そう?」
本当は大量に抱えた荷物で手がしびれかけていたけれど。強がりと意地っ張りでむくれたように言ったなら、ティアが小首をかしげた。さらりと流れ落ちる長い髪、うっかり手からちからが抜けそうになってあわてて抱えなおす。
そんなルークに何を思ったか、もう、と小さく口の中でぼやいたのが聞こえた。
街に着くなり、はい、今回の買出し当番はルークとティアね! とアニスにメモを押し付けられた。じゃあオレは宿を確保しとくよ、とガイがさわやかに言うなりルークの抱えていた荷物をかっさらって去っていって、では私も報告書をまとめますからとジェイドがさらりと姿を消した。そんなやりとりの間に、気がついたらナタリアとアニスまでいなくなっていた。
ひゅるりらと吹きぬける風に、呆然と瞬くルーク、やれやれと深い息を吐くティア。
「ここでわめいても誰もいないからもう無意味ね、仕方がないわ、行きましょう?」
「……ああ……」
ティアに促されなかったなら、ルークはもう半日ほどは呆然から立ち直ることができなかったかもしれない。
抱えた荷物でろくに周囲を見ることもできない。半分はそのとおりで残りの半分はそれ以外で、とにかくティアの背中を追う。人ごみの中でだってきっぱりとまっすぐなティアはティアで、なんとなくそんなことを思って、思っているうちに向こうから来た人にぶつかりそうになった。
やばい、と思った瞬間に横からのびてきた手が彼を引っ張って、危うくぶつからずにすんだけれど。
それにほっとしたからだろうか、彼の腕に触れたままティアが息を吐き出す。
「……もう。一度宿に荷物を置いてきましょう」
「だーいじょぶ、平気だって。ほら、今だって何とかぶつからずにすんだし荷物も落としてないし」
「何とか、ね。……でも、ルーク。あなたがいくら平気だって思っていても、わたしの目には危なっかしくてしょうがないの」
立ち止まっていたなら今度は別の人に二人してぶつかりそうになったので、ゆっくり歩きだしながらの言葉に。
だから、と続けられて説得力のある反撃の言葉も思いつかなくて、ルークはぐっと息を詰まらせた。別に明確な理由はない、分からない、けれどここであっさり引き下がるのはなんだか面白くない。ばかげていると分かっているのに。
下くちびるを突き出すように、我ながらぶーたれた顔を作って、
「……けどさ、」
「ルーク」
「…………はい……」
意味のない意地は、ティアの一言であっさりくじけた。
本当はティアの言うとおりで、大丈夫のつもりでも気のせいだと思っていた手のしびれはどんどんひどくなってきていて、平気だと言い張るのは単なる意地だった。先ほどはティアが腕を引いてくれたからどうにかなったけども、たぶん次はぶつかると思う。そして抱えた荷物全部を放り出しそうだと思う。
それくらいの判断は、自分にもできる。
それなのに、けれどそれでもこうしてティアと並んで歩くのが、たとえ名目は買出しというパシりでも、――なぜだかなんとなく楽しくて。それが終わってしまうと思えばそれはなんだか無性に悔しくて。
そんなことを思うこと自体、ばかげていると分かっているのに。この心はどうして思いどおりにならないのだろう。
そんなことを思っているうちに、すぐ横にいた、そうだ、先ほどまでは少し前にいたのが先ほどの騒ぎで横にいたティアが。いつの間にかまた彼の前を歩き出していて、それがなんだか淋しい。
あわてて後を追って、そんな彼を、つい、と振り返って確認してくれるティアがなんだか嬉しい。
先ほどの言葉通りにどうやら宿屋に向かっているらしいティアに、追いつくようにできれば横に並ぶように足を速めながら。もやもやもやと、勝手に浮かんでくるいろいろなことをげしげしげしと蹴飛ばしながら。
淋しさと嬉しさと、自分の心なのに分からない感情に、振り回されている自分を自覚しながら。
「――ティア」
「どうしたの? ルーク」
ちょっとしたことでかけた声に、彼女は振り向いて微笑んでくれた。たったそれだけがどうしようもないほど嬉しくて、嬉しさがこぼれた彼の笑みにティアがくすりと笑いの吐息をこぼす。
――ああ、
「……ルーク?」
「ん、……なんでもない」
名前を、呼んで。応えてくれる、ただそれだけでこみ上げる幸せ。
名前を呼んでくれる、微笑んでくれる。ただそれだけでこみ上げる幸せ。
それの理由なんて、知らない。その正体なんて分からない。それでも何でも、かまわないと。この時間が嬉しいのは理由などに関係ないと。
荷物が重くて手はいよいよしびれて、自分の心は自分のものなのにわけが分からなくて。
――それでも、なんだか嬉しかった。幸せだと思った。
それで、満足することにして。
振り向いて微笑むティアに、
ルークの足はなんだか軽い。
