彼女は確かに彼の太陽だった。
その彼女が、彼女の太陽は彼だと微笑んだ。
鏡窟ともなれば、そこは確かに陽の光のさし込まないところだった。入口を進んでしばらくで陽の光は呆気なく届かなくなって、あとは要所要所に松明の光、鉱石が放っている熱のない青白い光だけになる。
そういったものでそれなりに明かりは確保されていて歩く分には問題ないけれど、陽の光はそれ以上に――何か心を照らすものなのか。
歩けば歩くほどに気分は鬱々と暗くなっていって。
……いや、そもそもそんなことを思ってしまったこと自体、きっと何かがおかしいのだと。
追い払っても追い払ってもそんなことを思いながら、彼はむっつりと口を開いた。
「……足元に気を付けろ。この岩はすべりやすい」
「分かりましたわ、ありがとう」
誰に、なんて決まっている。ほんの少し先を歩きながらちらりと目を走らせたなら、彼女が凛と微笑んでいる。
あのころよりもぐんとのびた背丈、すらりと女性らしいラインを描く肢体。見た目はいつか大人の女性に変わってしまった彼女が、けれどあのころのままの微笑を浮かべている。
それは、その笑みは彼の目にまるで太陽のようで。
まぶしくて直視できなくて、ふいと彼の方から目をそらした。
「暗くはないが、……しかし暗いな」
「え? ……そうですわね。まださほど奥に入っていないのに、もう太陽の光がなつかしくなってきましたわ」
しばらく黙々と歩いて、沈黙を破ったのはまたも彼の方だった。特に何を思ったわけでもない雑談めいたことを口にするのはきっとものすごく久々で、そんな彼をきっと知らない彼女がただふふっと笑みににた吐息を漏らす。
「? どうした」
「いいえ、なんでもありませんわ」
きっと、思い付きのためにわけが分からなくなった彼の言葉を笑ったのだろうと思って、それ以上は突っ込んで聞くのをやめた。第一それ以上続けたなら何かボロが出てしまうと思った。
それは――いただけない。
今の自分は聖なる焔の燃えカスでしかない。
そう思って、くどいほど自分に言い聞かせて話は終わりだと、再び彼女から視線を意識を完全にはずして、
まるでそれが分かったかのようなタイミングで、
「けれど太陽は懐かしいですけれど、わたくし、今はあなたがいらっしゃいますからきっと平気ですわ」
彼女が、つぶやいて。
「あなたはわたくしの太陽ですもの」
そしてまた笑いの吐息がこぼれたのが彼の耳に聞こえた。
彼女の存在は、彼にとって太陽そのものだった。
明るさあたたかさ、存在感。時にそれは苛烈すぎて灼かれてしまいそうで、けれど同時に、それは厳しいだけではなかった。
彼女の存在は、彼にとって太陽そのものだった。
幼いあのころから――将来自分はキムラスカの王になる、彼女と自分は結婚する、それが当たり前だったあのころから、彼女は彼の太陽だった。
彼女の存在は、彼にとって太陽そのものだった。
運命をねじ曲げられ、居場所を持っていたものをすべてを奪い取られた今もなお、いやだからこそ、彼女は彼の太陽だった。黒く塗りつぶされた闇の中、彼が進むべき道を指し示してくれる――変わらず明るくあたたかく、決して穢してはならない象徴だった。
彼にとって世界は彼女のために存在していたし、そのためには何だってするつもりだったし何だってできるはずだった。
そう、彼女は確かに彼の太陽だった。
その彼女が、彼女の太陽は彼だと微笑む。それは本当に幸せそうに、同時にどこまでも誇らしそうに。
「……俺は、」
「昔も今も、あなたはわたくしを導いてくださいます。本当に助けがほしいとき、本当に心から望む手助けを、あなたはしてくださいますわ。時には厳しいこともおっしゃいますけれど、非情なことをなさりますけれど、それはきっと必要なことだからでしょう。
だからあなたはわたくしの太陽なのですわ。あなたがいらっしゃらないと、わたくしの世界は暗く冷たく凍えてしまう」
――それは俺の台詞だ。
――おまえがいないと、俺は、
微笑む彼女に返しそうになって、そしてアッシュはぐっと息を呑むといつの間にか止まっていた歩みを再開した。
言葉は心はどんどん降り積もるけれど、伝えるべきではない。――今は。
「……アッシュ?」
「行くぞ、無駄話をしてる暇なんてねぇんだ。とっととここを調べて、本物の太陽の下に戻る」
本物の太陽――彼女のそばに、果たして自分は戻ることができるだろうか。
そんな日が来るだろうか、この灰になった自分に。
思った自分がきっとどこまでも愚かしくて、彼は自嘲に唇をゆがめる。
何かを言いたそうな気配で、彼の後ろを彼女がついてきている。
太陽が、ついてきている。ついてきてくれている。
今は、今の自分にはそれさえ身に余る。思って、どこまでも愚かな自分をただただ嘲って。
――この鏡窟が果てなく続いたら良い。
――太陽をこのまま彼のそばにとどめたい。
そんなことを考えてしまった自分を、
彼は潔癖に深く深く恥じる。
