どうしてそこまで、
――その問いの答えなんて、決まりきっている。

―― jeter feu et flamme

――アッシュ!!
声がつまって言葉にならなかった、想いがあふれて叫びにならなかった。まるで自分の生をあきらめてしまったように、無謀なことばかりくり返す彼にただただ怒りがあふれた。
レムの塔、天をさす高い高い建物を長い長い階段を駆け上がりながら。
ナタリアが想うのはただ彼のこと、その無謀な行動に湧き上がる焔のような怒り。

アッシュとルーク、世界に二人だけが単独で引き起こすことのできる超振動。すべての物質を分解して再構成する、――今では彼ら二人は、彼らがそうと望めば望んだとおりに発動できる特別な能力。二人とも制御のすべを身につけた能力。
そんなものを持って生まれてしまった、それそのものは幸とか不幸とかとは関係ないと思う。
けれど、今。その超振動で世界中を覆う障気を中和できることは、それは大勢のレプリカたちと彼らの生命と引き換えになるということは、――とてつもなく哀しいことだとナタリアは思う。

◇◆◇◆◇◆

脚が重い、身体がきつい。ただただ上を目指して駆け上がることそのものはともかく、これから先のことを思うとどうしても心が重い。
隣で黒髪の少女がぶつぶつこぼすのを、同意しながらあるいは反論しながらとにかく上を目指す。そうすることで少しでも気を散らしながら必死に駆け上がる。想いが動きに出てどうしても足が鈍るのをなんとかおさえてこらえて、とにかく少しでも早く。
彼をひとりにしておくことなんてできない。今までは仕方がなかったかもしれないけれど、今ではもう。

選ぶことはできないのだ。ルークもアッシュも、焔も灰も――ナタリアには。
彼らは彼らで、それぞれに彼女のとても大切なひとで。特別な好意を現在のアッシュに、昔のルークに抱いている自分は知っているけれど認めているけれど、現在のルークにだってそれに負けない想いを抱いている。
どちらが死なないと犠牲にならないと障気によって世界が滅びると知っていても、自分は悔しいくらい一国の王女でも、それでもナタリアにはどちらかの生を引きかえに世界を救うなんて、考えられない。

◇◆◇◆◇◆

階段が終わってまだまだ目指す塔の上は先にあって、何とかしてそこまで行かなくてはと一行全員焦りながら、まるで廃材が転がる周囲をうろつきまわる。
王宮でただ王女とかしずかれていることはこんな今の自分想像もしなかったけれど、今のこんな彼女の姿を見たならおてんばもほどほどにしろとか何とかきっと文句を言うだろう彼に、
けれど今は彼女の方が怒りたい。

怒ってやりたい、無謀なことはするなと。あなたがこの世界のどこにいて何をしていようと、それはあなたの自由だけれど、自分の生命を粗末にする真似だけはするなと。
それは彼のためでもあり、同時に彼女のためでもある。この世界のどこかで彼が元気で無事でいると思えばこそ、彼女はどんな無茶でもすることができたから。この、いつの間にか世界の命運を賭けた旅は、彼がこの世界のどこかにいると思えばこそ続けてこられたのだから。少なくとも、ナタリアにとっては。
だから、
王女として幼馴染として、そして確かに愛する彼に。
あなただけは失いたくないのだと、彼に、すぐそこの未来に真っ向から叫びたい。

世界がどうなろうと、本当はどうでもいいのかもしれない。大勢を助けたいこの気持ちはきっと嘘ではないけれど、それよりも彼の生命の方が、彼ら二人の生命の方がきっと彼女にとって価値が重い。
第一このままでも、世界が障気に包まれたままでも。――そうだ、すぐにも世界中の全員が死ぬわけではない。ここで彼らが障気を中和しようとすれば、それで彼らは死んでしまう。その瞬間この場からこの世界から確実に消え去ってしまう。
それだけは。

◇◆◇◆◇◆

怒りがこみ上げる。どうしようもない怒りが、ナタリアの胸のうちを満たす。彼の無謀を知ってすぐに満ちた怒りがさらにあふれて、こぼれて――それは、
それは彼に向けてかもしれない。自分の生命をまるで粗末にして、何かを目指していることは分かるけれど、それが何かを彼女に悟らせないでただ自分の決めた道を駆けている彼に対してかもしれない。
それは自分に向けてかもしれない。彼の意思を尊重しているつもりで、結局はわがままを押し付けているだけの自分に対してなのかもしれない。それなのに結局は何もすることのできない、そんな自分に対してなのかもしれない。
それは世界や運命や、そんなものに対してかもしれない。彼らが生命を賭けないと存続していられない、この世界のすべてに対してなのかもしれない。
それは、

自分に関することならどうにかなる。あきらめられる、認められる。自分にだって運命はひどい真似をしてくれたけれど、そんなことはどうでもいい。激流を乗り越えた今、ナタリアはナタリアなりの行き場を見つけて心の落ち着く場所を見つけて、結果論かもしれないけれど、だからそれはそれでもかまわない。
けれど。
けれど、彼に関してだけは。

死んでしまえばそこまででこれから何もできない、なんてそんな理屈ではなくて、彼らがこれからも生きていくなんてことはナタリアにとって当たり前以前のことで、彼らが彼らのためにこれからも生きて生き続けていくことは、
それは彼のためでもあって、きっと同時に彼女のためでもあって。

◇◆◇◆◇◆

どうしてそこまで、
――その問いの答えなんて、決まりきっている。

あなたに生きていてほしい、生き続けてもらいたい。
たくさんのものをくれた、たくさんのことをしてくれた大切な大切なあなたに。
ただ生きていくだけでもいっそかまわないから、このまま自分たちの道が、もう本当に重なることがなくなってしまったとしても、かまわないから。

だから今、ナタリアの心を透き通った怒りが満たしている。
どうしようもなく、どうしようもなく。

―― End ――
2006/08/11UP
アッシュ×ナタリア
OFP
中国語・無断転載禁止 ハングル・無断転載禁止
jeter feu et flamme
[最終修正 - 2024/06/27-10:09]