挑むように見つめる先に、複雑に揺れる碧の瞳。
無言の問いかけに、無言の答えはきっと返る。

―― haut de gamme

「……っ、く」
「アッシュ、お怪我を!?」
「いい、かまうな――かすり傷だ」
かなうことなら、と彼の一挙手一投足に注意を傾けていて、だから見つけたその不調に。あわてて駆け寄ろうとしたなら、その前に首を振られた。
過去――数日前からの過去、たとえ深い傷でもなんでもないと言い張る彼を知っていて、だから眉を吊り上げたナタリアに、そうと分かっていたのだろう、大きなため息が降る。あきらめたように立ち止まって左腕の長手袋を少し下げて見せて、確かにそこにあったのは――それほどひどくはない、傷。
それでも、
「……ひどくはないかもしれませんけど、かすり傷、でもないでしょう!? せめて傷口を洗って冷やしませんと、」
「こんなものにいちいち騒ぐな。大したことねぇんだよ」
こんなもの、といわれるその傷は、ナタリアの目にはそれなりに深かった。にじむ以上に血が流れて、今はどうやら固まっていて、けれどまだ腫れているし熱を持っている。
怪我をするたびに口癖のようになんでもない平気だという彼は、けれど少なくともこの傷は本当にたいしたことはないと思っているようで、認識の違いに気が付けばそれはひどく淋しい。
「けれど……!」
食い下がろうにもきっと本当に彼にとってたいしたことのない、彼女にとってたいしたことのある怪我は放置されてしまいそうで。
「――この程度に、かまうな」
重ねて言われて、それは、

◇◆◇◆◇◆

城に閉じ込められて育ったお姫さまとは違うんだ、と言われたようで、突き放されたようでそれがひどく心に痛くてナタリアはきゅっと唇をかむ。そんな彼女にアッシュの声があわてて、その気配が距離が近いせいだろう、ナタリアに伝わって、
たったそれだけで大きな勇気をくれて。
些細なことで喜んだり淋しかったりする自分が、ナタリアにはふしぎで。

「……アイテムも治癒術も、本当に必要ありませんのね?」
「くどい。……勝手に湧き出すようなもんじゃねえんだ、簡単に消費するな」
「――でしたら!」
話はそれで終わりだ、と、切り上げようとした彼の背に声を張り上げる。ぎょっと目が振り返ったのに、大声を出した自分にあわてながら微笑みかける。
「それでも、そのままではわたくしの気が晴れませんの」
手を、とまっすぐ彼を見つめる。
多分そうして見つめたなら、彼が逃げていかないことを知っている。

◇◆◇◆◇◆

生まれは大体同じようなものだった。彼女は王家に生まれて女で、彼は公爵家に生まれて男だった。きっと当然のように似たような帝王学を施されて、一年年上の自分よりも彼の方が王族の義務に早く目覚めた。
それでも、世界は共通で見ようとして見られるものは同じだったはずで。
それががらりと変わったのは、歳のせい性別のせいよりも大きく変わったのは、あの事件。

王族として貴族として、そんな扱いをされない世界にいきなり彼は放り込まれた。今はそう知っている、それはナタリアの想像するに、きっととてもつらいことだっただろうと思う。
昨日まで公爵家嫡男として、貴族として、それ以外の扱いをされなかった彼が。いきなり平民、もしかしたらそれ以下の扱いを受けたのだ。
想像するだに、ナタリアにはつらい。
――けれどきっと彼はそれだけではなくて。あきらめるよりも状況を受け入れて、多分いつかのために周囲のすべてを学ぼうとしたのだろうと、思う。

彼女の目にはたいした怪我、彼の目にはたいしたことのない怪我。
それは、多分。王族として王城で誰もに守られながら暮らしてきた貴族と、自力で生き残るしかない強く生き延びなければ文句さえも言うことを許されることのない、平民の違い。
――貴族以外の人間も飢えることのない世界。それはきっと、この目線が等しい世界。

◇◆◇◆◇◆

「ナタリア!?」
「――ただのハンカチーフですもの。あなたの手当てに使うことのできるなら、わたくしはかまいませんわ」
乾いたとはいえゆっくり血に汚れていくハンカチーフ。絹にレースに純白のそれは、作り上げるまでのどれほどの平民の労力を吸い取ってきたのだろう。作り上げてナタリアの手に渡ってからも、洗濯に管理に修繕に、どれほどのひとの手をわずらわせてきたのだろう。
知っている。それでも。
彼が彼女が目指す先は、それが――たとえ高級品の扱いのままでも、平民さえがんばれば手の届くような、そんな世界。
「無駄に捨てるわけではなく、役立てているのですもの」
「おまえにはそうでも!」

知っている、乱暴な口ぶりでも乱雑な言動でも、その根底に変わらない王族としての彼を分かっている。示してくれなくても、きっと幼いあの日の約束は有効だと、彼女の奥の何かが告げる。
――だったら、

挑むように見つめる先に、複雑に揺れる碧の瞳。
無言の問いかけに、無言の答えはきっと返る。

―― End ――
2006/09/11UP
アッシュ×ナタリア
OFP
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haut de gamme
[最終修正 - 2024/06/27-10:10]